第5話 作文 決意
須藤先生は原稿用紙をみんなに配った。今日の国語の時間は作文を書いてもらう、と言っている。
つばきは作文があまり好きではない。頭の中にあることを上手く言葉に表現することに自信がないのだ。いつも何か考えていることが好きだ。でも、それは自分の頭の中にあることだから自由に行ったり来たりできる。作文はそうはいかない。順序よく人にも分かるように書いていかなければいけない。
須藤先生はみんなに文句を言われても「まあまあ」と言って黒板に作文のテーマを書き始めた。柄にもなく、とつばきは思っているのだが、須藤先生の黒板の字はとてもきれいだ。自分が黒板にチョークで字を書くと、曲がるし、バランスが悪いし、大人になるとあんな風に書けるのかなと思っているが、時々隣の教室を廊下から見ると、隣のクラスの先生の字はあまりきれいではない。大人だからきれいに書けるというのはどうも違うみたいだ、と分かってきている。
「自分の夢」
須藤先生はそう黒板に書いた。
「将来なりたいものとか、いつかやってみたいこと、今挑戦しようと思っていること、そんなことを書けばいいです。」
――さて何を書こうか?
つばきは原稿用紙に向かって頭をひねった。ふと思い浮かんだことがあったが、それを作文にすることはいけないことだろうなと思って、別のことを書こうと考えたが、どうしても他には浮かんでこない。時間が過ぎていくし、須藤先生は何でもいい、と言ってくれているし。
――決めた。もう、普段から思っていることを書こう。
つばきは鉛筆を原稿用紙に走らせ始めた。
私は悲しい思いをしました。大好きだった先生が休んで学校へ来なくなったことです。
つばきは前の学校で起きたことを作文に書き始めた。頭の中にあることは、そのことだけでは終わらない予定だ。「将来の夢」というテーマだ。自分がいつかしてみたいことだ。それを書いてみようと思っている。
私はいつか、その子に復讐をしたいと思っています。その子が幸せになることだけは許せません。どうやったらその子が幸せにならないか、今から考えているところです。
つばきは書き終わって読み返してみた。あまり上手に書けているとは思わなかったが、普段から自分が考えていることは正直に書けていると思った。
この学校に来てから毎日楽しい。私は今幸せだ。家族もいるし、美智子おばあちゃんとも一緒に暮らし始めて、いろんな話を聞かせてくれたり、私も美智子おばあちゃんに話したりしている。このクラスも楽しい。須藤先生は面白いから大好きだ。
――私は幸せだけど、小岩井先生はどうなんだろう。
小岩井先生が休んでしまってから、小岩井先生がどうしているのか、どんな気持ちでいるのか全然分からないままだ。
きっと、悲しい思いをしているんだと思う。せっかく学校の先生になったのに、最初のクラスにあいつがいたせいで学校に来られなくなってしまったのだから。
ぜったい悲しいはずだ。だから、私はあいつだけは絶対許せないと思っている。これからもずっとその思いを忘れないと、つばきは作文を読み返して自分の思いを
確かなものにした。
作文の怖さは、何となく思っていることでも、文字として言葉にしてはっきりとさせてしまうことだ。つばきはこの作文を書いて知った。
――小岩井先生、待っていてください。私はいつか小岩井先生に会って元気な姿を見たいです。そのためにどうしたらいいか考えていきます。
須藤先生が「終わり」と告げた。あっという間の四十五分だった。書いた原稿用紙を班長さんが集めて先生のところに持って言った。
須藤先生は私の作文を読んだら怒るだろうか。つばきは自分の作文を出してから少しだけ怖くなった。
作文を集め終わって須藤先生がみんなに言った。
「小学四年生の時にこんなことを考えていたんだ、こんな夢を持っていたんだって、後から読み返したらきっと懐かしくなるはず。先生だって四年生の頃にこんな作文を書いていたら面白いと思うんだけどな。でも残念ながら、先生にはそんな作文ないんです。今日書いた作文は大事にとっておきます。いつかまたみんなが大人になったときに読み返してみましょう。だから先生は今日書いたみんなの作文は読みません。」
つばきはほっと息を吐いた。誰にも知られない。だけど私の中だけには明確にこれからの目標ができた。
休み時間になってみんないつもと同じように須藤先生と楽しくおしゃべりをしたりふざけたりしていた。その光景を見て、つばきは須藤先生のことも書けばよかったと思った。
小岩井先生も大好きだけど、須藤先生も大好きだ。
須藤先生が小岩井先生みたいにならないように、私はがんばろうと思った。小岩井先生には何もしてあげられなかった。その思いが今も自分を責める。
もし、須藤先生が小岩井先生みたいな目に遭ったら、今度は絶対に自分で動こう。その時は美智子おばあちゃんに相談したり、お母さんに相談したりすれば力になってくれるかもしれない。
つばきは心強い人たちが周りにいることを幸せに思った。
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