第3話 格差
この仕事は案外楽しかった。一日、ずっと同じことをくり返しているだけである。
千夏のラインはおくられてきた部品を機械にはめ込んで、そこに決められたねじで小型のおそらくモーターの一部であると思われる部品を組み込んでいくラインであった。
大量に送られてきた部品を組み込んでは次の過程へと送り出していく。
和明との仕事は自分たちが生きていくために精一杯であった。いつ発注が途切れるか分からない綱渡りのような緊迫感があった。それに、納期に間に合わせなければいけないと、夜通し二人で機械を動かしていたこともあった。
今の仕事は、そういった心配がない。言われたことを従順にこなしていけば一日が終わる。そして、神経を使わない。手は動かしていても、頭の中で、いろいろなことを空想している。
和明が今、どうしているのか。創一が学校で今頃何しているのか、いつの日かまた三人で暮らせるようになった日のこと。
一日、頭の中は自分の自由だ。
仕事に慣れてくると、周りにどんな人がいるのかも分かってきた。今年は行ったばかりの新人君がライン全体のメンテナンスをしていること、班長は年齢は行っているが、実はまだ若く、独身だということ、それから、あの木藤さとみのこと。
昼休みは、社員食堂で食べる。
千夏は食堂でも自分の作った弁当を食べている。少しでも節約したいからだ。
「隣空いてる?」
そう言って木藤さとみが千夏の横に座る。あまりこの女とは親しくなれないだろうと思っていたが、さとみは千夏の近くによく来ては一緒に食事をとるので、どうしても話をする関係ができてしまっていた。
むげに遠ざかっているのは不自然であったので、その場その場でさとみに合わせていた。
さとみは決まって社員食堂の日替わりを食べている。
「その卵焼き、おいしそう」
千夏の弁当箱をのぞき込んだかと思うと、さとみの箸がその卵焼きをつかんで口へと運んでいた。
最初はそう言うことをする人にあっけにとられたが、今はもう慣れた。
「おいしい」
さとみは笑って言う。
「一つだけだからね」
千夏も軽く答える。
「そう言えば、あんた、旦那や子どもはいるの?」
今さらながらさとみが定食を食べながら訊いてきた。
――あまり、自分のことを話したくないな。
千夏は自分の今に至る境遇を訊いてほしいとは思っていなかった。変に自分のことを心配したり、気の毒に思ったりされたくない。
「主人とは離婚して、今東京にいます。今は一人息子と暮らしているんです」
「ふーん」
訊いたさとみはそう言ったきり、それがどうと言うこともないような顔をしてご飯を口に入れていた。
話の成り行き上、さとみにも訊いてやらなければいけないような気がして、どうでもいいとは思ったが、さとみにも訊いてあげた。
「あたしも、似たようなもんかな。ガキが二人。」
「そうなんだあ」
千夏は、そういう雰囲気をさとみから感じていた。さとみの見かけからして、結婚してうまく行くタイプではないだろうなとは思っていた。
――それにしても、自分の子どもを「がき」って。
創一のことをそんな風に言ったこともないし、言おうなんて思ったこともこれっぽっちもない。かわいくて、いとおしくてたまらない、私の宝物だ。
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