第7章 久保未亜  あけみの次女

第1話 もみじ

 久保未亜が廊下を歩いていた。

 今は二時間目の授業中である。未亜は数学の授業を抜け出してきている。

「トイレ行ってきます」

 数学の教師にそう言って、その先生が何にも返事をしていないうちに、席を立って廊下へ出てきた。

 トイレに行くのは嘘である。

 ただ、授業がつまらないから教室から出たかっただけである。

 廊下に出て、考えた。

――さてと、どこに行こうか?

 あまりうろうろしていて、ほかの教師に出くわすのはめんどくさいし。

 廊下を歩いていると、教室から授業をしている声が聞こえる。

――みんなよくやってられるな。

 未亜は、長い髪を両手で弄りながら、とりあえず、トイレに行って個室に入った。


 隣の個室に人の気配を感じた。

――だれかいる。

 未亜は自分の気配を消そうと、身動きを控えて、じっと座面に腰をおろしたまま耳を澄ませた。やがて、トイレを流す音が聞こえ、個室を出て手を洗っている音が聞こえてきた。

「だれかいるの?」

 トイレから出た子が未亜に話しかけてきた。

 未亜が個室から出た。

「うっせえなあ」

 未亜が出て行くと、その子は驚いた顔をして未亜を見た。

 松井もみじだった。

 この前、転校してきた子だ。

「人がトイレに入っているのに話しかけてくんな」

 もみじは驚いた顔のままで、ハンカチを握っている。

「人がきたような気がしたけど、何にも音がしないから怖くなって声かけてみただけ」

 もみじは落ち着きをとりもどして、どうして声をかけたかを未亜に説明した。

「人がトイレに入ってきたらいけねえのか、うっせえんだよ」

 未亜はもみじの横をすり抜け、廊下に出た。教室と反対の方に向かって歩き始める。

 後ろから松井もみじが声をかけてきた。

「教室は反対ですけど」

 

 もみじはこういう子が大嫌いだ。

 言葉が悪いのは頭が悪いからだろう。

 威圧的なのは、本当は弱いからだろう。

 トイレに来たのもただのサボり。

 偉そうに人に向かって言ってたけど、わたしは全然お前みたいな奴、なんとも思わないから。

 

 未亜はもみじの言い方に驚いて振り向いた。

 自分に向かってそう言うことを言ってきた子はいない。

 動揺しているのは見せたくない。

「うっせえ」

とだけ言ってそのまま歩いた。

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