第38話 皇子の行方

 これでひとまず作物の価格は安定し、いずれ税収も増える。その税は、第三皇子ゼファーの名の下に集まり、ラヴァンダ領の整備や、私の胃袋を満たす料理に変わっていくはず。


 ……てか、第三皇子は何をしてんのよ?

 一度も姿を見せないつもり?

 責任者不在もいい加減にしてほしい。病気か知らんが、ねぎらいの言葉くらいあっても良さそうなものだ。

 なんだ、あいつ? この領地に第三皇子なんていらなくねぇか?


 ◇


「ということで、皇子に報告しようと思うんですけど、どこの部屋にお住まいなのか、知っている方はいらっしゃいますか?」


 再び大食堂に集まった夫人たちに声をかける。

 戦勝祝いの晩餐に開けられた赤ワインが、やたらとうまい。

 こいつを換金せずに、本当に良かった。


「知らぬ」

「知りません」

「しらなーい」

「存じ上げません」

「知らんな」

「ワカラン」


 全員、私への質問に興味を持たない。


「どの部屋か、ご存知ないのですか?」


 その言葉に、他の夫人はきょとんとした。


「なんです?」

「ひょっとして、ぬしは気付いておらぬのかえ?」

「なにが?」


 やれやれと、エレナさまがため息をつく。


「この屋敷に、皇子がいらっしゃらないことを証明したのは、第七……いや、アニカなのよ?」

「はあ?」


 ここに皇子はいない?

 なんで、そんなことがわかるの?


「この屋敷の全部の部屋を開けたんでしょ? 売れるものを探して」

「…………………………………………………………………………あああ!?」


 クスクスとシェリルが笑った。


「にぶっ。今頃気付いたの?」


 確かに。私、この屋敷の全ての部屋を開けた。

 じゃあ、病気の第三皇子さまは……いない?

 いや、いて欲しい!


「次はゼファーさまを探さないといけませんね」

大司教私の父は、ゼファーさまの死亡は確認できないと言ってます」

「ならば、どこかで生きている。やはり呪いの噂は本当かもな」

「第五次討伐時に、魔物側のメイジに呪いをかけられたというアレか?」

「今回倒した魔物の中にはメイジはいませんでしたわ。一匹一匹、吟味させましたから」

「皇子、探ソー!」

「探すと言っても、どこをさ?」


 皆が口々に話だす。

 それをポカンと私は見ていた。給湯室の井戸端会議を見るように。


 いや。少し笑いが込み上げた。

 ふふ。なんだ、みんな、仲いいじゃん。

 どうなることかと思ったけど、意外とどうにかなるもんね。


  ◇


 騒がしい晩餐とは対照的な静かな中庭。あの夜と同様の月がかかっている。

 皆と離れて私は一人、枯れた噴水に小石を投げ込む。

 カラカラと音を立てた。まだ水は入れてない。贅沢だから。

 これから三年は、節約第一。夫人たちも渋々納得してくれた。


 大臣の試算した税収計画や、人口予測や、産業を見てため息が漏れた。

 討伐の費用自体を回収しても、その後、急速に伸びそうな産業がない。

 サイファ村以西の土地を再開発するしかないが、時間のかかる話だ。とりあえず、離農者が減ることを祈るしかない。

 別の産業も考えなくては。

 それまで数年、行政官も武官も、昇給は我慢してもらうか。


「はぁぁぁ」

「ため息が深いな」

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