第32話 やれる限りの
「アーシュ違う。敵もっとスコシよ」
ヒメカが半笑いで訂正する。
それを見て、周りの引きつった笑いも少し緩和された。
なんだ。もっと少ないのか。
「そうかぁ? 千くらいいたと思ったけどなぁ。まあ、戻ってくるときに何匹か倒したけどさぁ」
「敵、全部デ九百」
変わんねーわっ!
まずい。魔物は圧倒的な数だ。砦の準備が全然足りてない!
シェリルが固まっていた。私の顔も。
九百……。
この数日で作らせた矢の数が千本。柵も補強。マキビシも撒いた。
それでも、足りない。
戦える大人は、夫人も入れて五十人。
シェリルがゆっくりと私を見る。
その口元は波打っていた。明らかに震えている。今度はシェリルが震える番だ。
無言でもわかっている。これはヤバいやつだ。
明らかに物量が足りていない。
緊急事態だ。
「アーシュリー。これって守り切れる? 一つの門に二十人もいないけど」
「確かに。じゃあ、敵を一か所に誘導するか。西と北の門を閉じ、木橋は落として、南西門だけ開ける。で、外のマキビシを増やして、少しでも敵の行動を止める。更に、南西門の内側に罠を用意して、中に引き込んで多数で迎え撃つ。どう?」
どうもこうもない。名案にしか聞こえない。
千近くの魔物が南西門に集まれば、戦闘に参加できない魔物がでるはずだ。あれだ。経営企画でおじさんが言ってた。『なんチェスターなんとか』だ。大軍と戦う時は狭い場所で戦う方が良い。
早速、その準備に取り掛かった。
どうせ、地続きになっている南西門だけは、橋を落とせない。
他の門の橋は落とされ、最低限の守備を配置。
南側の林も限界まで伐採する。
南西門をわざと開けるが、その内側に逆茂木の柵を多数置き、直線的な侵入を防ぐ作戦だ。中に入れたようで、実は立ち往生の状態になる。
そこで
……が、肝心の矢が足りない。
「手の空いている人に、大至急、矢を作らせて!」
とはいえ頑張っても、いまからでは数百本程度しか作れないだろう。
まてまて? なら、この南西門が突破されたら??
村人を教会に誘導するまでの時間稼ぎもいる。
アーシュリーやヒメカが食い止めるとしても、多勢に無勢だ。
いざとなったら、いよいよ護衛武官たちか。
「護衛武官! あんたたちは、鎧着てるんだから、いざとなったら、接近戦は任せるわよ? いや、あんたたちしかいないの。お願い!」
逆茂木柵を突破されたら、もう何の仕掛けもない。丸裸だ。
「盾が……人数分、無い」
「いまから、作って! 鍋でも窓の雨戸でもなんでもいいでしょ!」
「お、おう」
護衛武官たちは、走って盾になりそうなものを探しに行った。
あ。『走る』といえば
……犬。あーっとアレだ! 厨房だ!
「肉! 大臣! 肉!」
「お肉……でございますか? 本日のご夕食にお出しする予定です。……お昼の食事にいたしましょうか?」
「よ、寄越せ! に、肉を寄越せ!」
ちょうどいい具合に切り分けられた肉を大臣が悲しそうな目で見ているが、それを奪って、ノイエのところに行く。
「ノイエ! 毒! 毒はない!?」
「自決用のものなら、少し」
「ば、ばか! 自決なんかさせないわよ! 貸して!」
「どうされるの?」
「肉に塗って、犬をぶっ殺す」
やだ。言ってることが私まで物騒。
これを南西門の林の中にばらまく。何匹か、この毒で死んでくれたらいい。
やれる限りのことはやる。
緊急事態には、とにかく手数の限りに、実行してみるしかない。
あと他に出来ることは……。
あ! シェリルがいるじゃん!
あの子、防御系の魔法の本、持ってないの?
「シェリル!」
教会の指揮所にいたシェリルが、驚いてこちらを振り向いた。
「あのさ、防御用の魔法書とか……って、なに?」
その驚いた顔のまま、シェリルが床に沈んで消えて行った。
数秒後には、白い紙切れが一枚、床にあるだけだ。
移動符だった。
え? ……………………あいつ、逃げたの?
うそでしょ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます