第37話 晴れ渡る空に虹

 咆哮をあげながら立ち上がった大鬼オーガに、黒い影がひとつ突っ込む。

 黒妖犬かと見紛う一瞬の動きの中で、チラっと抜刀が見えた。

 大鬼の咆哮がやみ、その首が地面に落ちると、ゆっくりとその体も仰向けに倒れ轟音を立てた。


 黒い影はヒメカだった。


 着地と同時にその剣を背中の鞘に納め、大鬼が死んだのを見届けてから、アーシュリーに駆け寄った。


「ヒメカ! アーシュリーは、無事!?」


 しばらくしてヒメカがこちらを向いて、頭の上に大きな丸を作った。

 砦が歓声に包まれた。

 こけつまろびつ、門から駆け出したラウロが「アーシュリーさまっ!」と魔物の死体を踏み越えて、アーシュリーを助けに行く姿が見える。


「終わったわね」


 ため息とともに、耳にシェリルの声が聞こえた。

 終わった……の? まだ足に力が入らない。


「ふふふ。みよ。あのエレナが不服そうな顔をしておる。あいつに後片付けを任せると良い。綺麗好きじゃからの。エレナは」


 見ると、エレナさまは文句言いたげにシェリルや私たちをみながら、近くで死んでいた小鬼ゴブリンの死体に触れていた。その後は……気持ち悪いが魔物の死体を動かして、周りの魔物の死体を片付けさせていた。死霊術だそうだ。


 雨が去り、この戦場に不似合いなほどに晴れわたった空に、傾き始めた日の光は、美しい虹をかけた。


 ◇


 結局、事後処理にもう二日ほど滞在したが、残ったのはノイエと私だけ。


「僭越ながら、私も」


 大臣も残ってくれたのはありがたい。食事の美味しさが担保されるだけではなく、税収手続きの問題もある。西方丘陵の再開発計画も必要だ。将来の為に整備しなくてはならない。


 ノイエは、村人の健康状態を記録している。勝利してもまだ恐怖が続いているらしく、記憶を消す薬を使うのだとか。ついでに、祝福の言葉をかけて、信者を増やしていた。数日、逗留するらしい。

 ま、ブージェの側にいたかったんだと思うけどね。

 そういうことができるのって、生きているからなんだよねぇ。


「アニカさんのこと、少し、見直しました」

「へ?」


 お昼ご飯を食べながら、ノイエが告白してきた。


「土壇場で逃げだすと思ってたんです」

「あ? ……うん、まあ、逃げたかった瞬間は何回も」

「でもあなたが逃げずに、策を講じ、武官たちを奮い立たせて……」

「え? そういうの、いいよ? そんなつもりじゃないし」

「いいえ。私、自分のレベルには難しい道は諦めることが正しいと思ってました。正直、あなたにはこの村が救えないと。でも、あなたは、皆を鼓舞し、困難の先に道があると示し、必死だったのが皆にも伝わっていましたよ」


 嫌な汗がでた。


「いやいや。私、ただ、三食昼寝とパーティ三昧がしたいだけで」

「ふふ。嘘ですね。あなたは、私が責任を問いただしたときからずっと、いえ、最初にあの村を訪れた時からずっと、『自分がなんとかしなきゃ』って顔をしていましたよ」


 ……まあ、うん。


「あはは。かっこわるいんで、内緒です。ノイエさま」

「呼び捨てでいいんですよ? アニカさん。……アニカ」


 ぺこりと会釈した。


 さあ、事後処理も終わったことだし、あとは屋敷に帰るだけ。帰ったら、皆でささやかな祝宴ね。贅沢はまだ無理。


 でも、まさか屋敷に帰ったら、あんなことになるとは……。

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