第11話 異世界だって人間だもの

 帰り道。ノイエさまも、ヒメカさまも、そして私も無言だった。

 今年は村を出て行った家族が二組もあり、既に集落としては、ギリギリらしい。


「やっぱり、魔物を討伐しないといけないんじゃないですかね?」


 ノイエさまは、頷くだけだ。

 分かり切っている話なんだろう。


 このまま魔物が出没するようでは、彼らも安心して農業ができない。

 安心して農業をしてくれないと、税収が減ってしまう。

 税収が減ってしまったら……私の生活も……。


「ところで、あのブージェっていう元騎士団の人は、何故あの村に?」

「生き残りとしての責務だそうです。誰から給金が出るわけでもなく、自分の意思で留まり、魔物を追い払うつもりだと」


 責任感の塊だな。

 男にはたまにそういう無意味な奴が出てくる。

 一人で守れるものでは無かろう。


 最西の村サイファから、ほどなくして、大きな村がある。

 サイファが陥落してしまえば、今度はこの村がやられるのだろう。その村は周辺地域の作物の市場になっているらしい。


「あの村の市場いちばに寄ってみませんか?」


 私の提案に「ゼニ、ナイよ?」とヒメカさんが言う。何か買いたいわけではない。状況を知りたいだけだ。


 日の傾いた時間の市場にはモノが残っていないが、それでもまだ人がいた。南方の商人なども残りの品を物色している。

 ここの村長が、我々を発見し声をかけてきた。


「ただの巡察です。お気になさらず」

「そうはいきません。奥方さまがお二人も護衛なしとあっては」


 村長対応はノイエさまに任せて、私は市場の品を見た。まあ、三人目がカウントされないのは仕方がない。来たばかりで知らないんだから。


 野菜の値段は、帝都で買うよりも多少安い。

 つまり流通費用が高くつくのだろう。


「今年は値上がりしましたね。なかなか収穫が安定しないんでね。領主さまがもう少しやる気を出してくれたら、変わるかもしれんのですがねぇ」


 野菜売りが嘆いている。暗に魔物退治をなんとかしてくれないかということだろう。野菜の卸価格は値上がりしているということか。それとも、絶対量が減ったことで、市場側が値段を吊り上げたか。


 そう考えると値段が吊りあがると税収も増える「消費税」は狡賢い制度でもある。

 幸い、この国にはまだその手の税は導入されていない。

 そもそも大半の領民は「計算」が出来ない。

 だから「市場の税」も同様に簡単な計算で出来るものしかない。


 ちなみにこの国では、二桁以上の足し算、引き算が出来れば、商人として認められる。私が若くして『才女』と呼ばれる理由は、その顔立ちだけでなく、計算能力が優れているせいだ。


 アニカとして十八年生きたことは無駄ではない。

 商家の家に生まれた私は、この国の税や商法についても学んだ。国内通貨や単位が複数種類あること以外、古い日本の税と似ている。


「市場の税」とは要は場所代だ。場所の所有者が「商品売買許可権」を持ち、その権利の対価に税を払う。税額は間口の広さに比例する。


 この権利を持たない人は、権利保有者と売買して市場に商品を置く。


 この税収を増やすのは難しい。

 売る場所を独占できるために、既得権益の力が大きいのだ。

 市場を広げれば、独占価値が下がるのでギルドの反対に遭う。

 市場税の単価を上げれば、帝都でインフレが起きるか、農家からより安く買い取るなどの行為が始まる。不景気につながるのだ。


 もう一つの大きな税は「農産物の税」。要は年貢。「農産物の税」は村単位で、一定の野菜の個数か重さで収める。それは村単位で決められているものだ。個人単位ではない。


 魔物に襲われ、働き手が減れば、当然収穫が減るが、一定の個数を治める約束を守るため村が無理をする。それが離農を早めている。


 この領地では、まだ無理な取り立てはしていないようだ。

 良心的な支配だが、結果的に魔物を追い払う力も失いつつある。

 そもそも、第三皇子の治めるこのラヴァンダ領にはどんな産業があり、税収はどうしているのか、ちゃんと整理したくなってきた。


 久しぶりに、血が沸いてきた。

 これは私の社会人知識が活かせるって奴だ。

 この世界も結局は人間の社会。魔物は自然の脅威と同じじゃない?


 よし、やるか。

 量産型OLとはいえ、私にもスキルはある。

 基礎スキル『管理部』の発動だ。ゴゴゴゴ……。


 といっても、改善の第一歩は、いつもアレ。『棚卸し』ね。

 この領内の税収と支払い、所有物、お金の流れを全部把握するところから。

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