第10話 競合や環境の把握は重要です!

 皇子は全部で四人いる。正確には皇位継承権を持った兄弟だ。


 長兄のライオスさまは、北方辺境地で、この国最大の軍の指揮官として君臨している。「北の獅子」とも呼ばれている。北方も魔物の巣窟となっている山脈地帯があるが、それよりも周辺国からの軍事行動を抑えさせる役割を持っている。もちろん、継承権第一位だ。胆力もあり、軍事的才能にも恵まれている。


 次兄のシロッコさまは、東方辺境地を担当されている。北方に比べると軍事的脅威は少なく、むしろ歴史的重要地だったため、古都の趣がある。伝統的に学問を大切にする土地柄で、大陸最大の宗教寺院がある。ノイエさまの故郷でもある。

 文化や外交の中心地であり、帝国との外交交渉の窓口にもなっている。統治するシロッコさまは各国との交渉や交友を通じて「東の蛇」と呼ばれ、実質的な外交官としての立場だ。東方国のヒメカさまの輿入れが決まったのも、シロッコさまの尽力だ。


 四男リベルタントさまは、南方の重要な港湾地域を治めている。聡明かつ開明派で知られ、開かれた領地経営を行い、異種や外人も積極的に受け入れているという。ここ数年、急激な経済発展を遂げており、リベルタントさまは周辺国から「南の星」とまで呼ばれるようになった。四兄弟の中では一番裕福な領地経営だ。


 我らが第三皇子ゼファーさまの治める領地は西方。花咲くラヴェンナ地域。かつては肥沃な大地として知られ「大陸の食料庫」とまで言われた。今は開墾の進んだ帝都周辺に穀倉地帯は移動し、主に野菜や果物を作るようになった。

 数年前から西部の山脈地帯から魔物が移住しはじめ、問題視されていたらしい。帝都にはその話は伝わっていない様子だ。ゼファーさまは、辺境騎士団を指揮しこれを追い払うこと数度。その頃までは「西の賢者」と呼ばれていたのだが……


「第五次討伐の時に、相手に強力なダークメイジがいました。それで大敗を……。その時に騎士団の大半を失い、それ以来ゼファーさまは……」


 いまや第三皇子を「賢者」と呼ぶものはいない。

 失意の皇子を慰めるために、皇帝によって夫人らが集められたが、未だに部屋から出ないのだという。


 ……いや、とんだ引きこもりだろ? 経営放棄状態じゃん。残された領民はたまったもんじゃないわ。


「ついタ」


 ヒメカさまが、馬車を止めた。

 どうやら目的地らしい。


 堀川に橋がかけられており、その先に集落がある。更にその集落を取り巻くように柵と堀が作られ、小さな砦となっていた。


「この領地の中の最も西の村、サイファよ」

「へぇ。この砦で村人を守っているんですか?」

「正確には、村人がこの砦で守っている、ね。その村人は五年前の三分の一くらいまで減ったわ」

「離農ですか?」

「殺されたのよ。魔物に。男達の大半がね」


 村の奥から、屈強そうな若い男が出てきた。


「おお、ノイエ姫! それにヒメカさまも! ご無沙汰しております!」


 ノイエの顔が少し笑顔になった。この子、こんな顔もするのね。


「アニカさん。こちら、騎士団のブージェ・ド・シルエさま」


 男は改めて、うやうやしく一礼をした。それは騎士の儀礼に則ったものだ。


辺境騎士団員です。はじめまして。アニカどの」

「ブージェ。こちらのアニカさんは、ゼファーさまの第七夫人。最近、嫁いできたの」


 そう聞いて、ブージェという男は、深々と礼をした。


「それはご無礼をいたしました。アニカさま」

「いえ、構いません。私、庶民にしか見えないそうなので」

「てっきり、ノイエさまのご友人かと思いました。というか、皇子はまた奥さまももらったのですね」


 ブージェは呆れかえっている。

 咳ばらいをして、ノイエさまが尋ねる。


「魔物の動きはいかがです? 何か変わったことはございませんか?」

「オランの畑の近くで、二匹ほどのゴブリンが出ました。近々、また畑を襲うつもりかもしれませんなぁ。畑の収穫を急がせようかと思ってます」


 村の奥から、私たちを発見した子供たちが「ノイエさま! ノイエさまだ!」と集まってくる。ノイエさまは、それぞれの子供たちの名前を呼びながら、祝福の印を与えていった。


 子供たちの、その姿を見て、私は少し居心地が悪くなった。

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