第3話 第一夫人と第二夫人 ①

 三室。

 自室。食堂。水場。

 寝て、食って、洗うための部屋。


 庭の散策は裏庭のみ。ただし、日没以降の使用は禁止。

 他の部屋で、扉に目張りのある部屋は、使用不可。そして、目張りがない部屋は他の夫人の部屋なので入らない事。


 一気に、このヒゲ男が嫌いになった。冷めたわ。


 毎晩、食べきれない料理が出るパーティに出席して、舶来のセンスで口元を隠して、変わったお菓子が食べれて、楽団が音楽奏でて……っていうのは無いの?


 結論からいうと、一週間、そんなの一度もなかった。

 その代わり、割と期待を上回る美味しい食事が出るくらい。

 それを大きな食堂で一人で食べた。ほぼ入院生活。


「他の夫人の方は、お食事の時間が違うのかしら?」

「既に皆さまは食事を終えておいでです。第七夫人」


 いちいち「第七夫人」って……。序列を言われる感じがムカつく。給仕してくれるこの頭の禿げあがった中年の侍従官は、どうも厨房でも働いているらしい。詳しいことを聞く余裕もなさそう。


 そう言えば、侍女もまだ二人しか見ていない。

 同い年くらいの少女と、母親くらいの年齢の侍女。しかも私の専用侍女というわけではない。この屋敷全体の管理をしているらしい。

 なので、何かを頼もうにも、「後ほど、お伺いします」と言って、翌朝とかに来る。


 えー、なんか思っていたのと違い過ぎるー。


 とにかく暇すぎ。三食昼寝ができるのは憧れだったけど、三食昼寝できないのは、苦痛でしかない。


 他の夫人は、どうしているんだろう? 勝手に会っても良いものだろうか? 早めに一度、他の夫人に会ったほうがいい気がする。

 会わずに礼儀知らずと言われるか、押しかけて礼儀知らずと言われるかの差じゃない? 


 会社ではコミュ障を疑われた私だが、本当は、そんなことは全くない。むしろコミュニケーションは好きな方だ。ただ相手が、私の思った反応をしないだけ。


 決心した私は屋敷内を、人の気配を探して回った。だけど廊下や庭にも驚くほど人の気配がない。それどころか屋敷の大半が目張りされた立ち入り禁止の部屋だった。


 やっと聞こえた微かな笑い声の元へ向かった。


 やっぱり、他にも夫人がちゃんといるんだね。

 もしも自分しかいない屋敷なら、夫人として呼ばれては何かに食べられているとか、茶碗や柱時計やロウソク立てに変身させられる家かと、ハラハラしていた。


 扉をノックした。部屋の向こうの笑い声が止む。


『誰じゃ?』


 中から、少し怒っている声がする。

 ここで自分を名乗ってよいか迷う。確か、作法では扉が開かれるのを待つんじゃなかったかな?


『鍵はかけておらぬぞ? 勝手に入りたもれ』


 同じ調子で告げられた。ああ、こんなに緊張するのは、最初の就職活動の最終面接以来だ。しかも「たもれ」キャラだ。格の違いがある奴だ。


「し、失礼しますっ!」


 自分で思ってたよりも大きな声が出て、道場破り的に扉をあけた。

 声の制御も出来ない程に緊張していたらしい。中に入ると、作法通りに、スカートの端を持ち、うやうやしく一礼をする。


「私、先日より帝都より嫁いでまいりました、アニカと申します」


 顔をあげると、不思議そうに二人の女性がこちらを見ている。その二人は互いの顔を見合わせ、そしてまた私を見た。


 一人は、赤の生地に黒の刺繍が入った、豪奢なドレス。髪はオレンジで、目は明るいグリーン。年齢は二十を超えたくらいかな。私に背を向け、やや振り返り気味に、感情のない目で私を見ていた。


 そして、もう一人の女性が、この部屋の主らしい。

 ……てか、この部屋でかいな。私の部屋と全然違うぞ。


 部屋の主と思しき女性は、ほぼ白に近い髪に、ラノベに出てきそうな薄い青い瞳。年齢は不詳だが……えーっと……なんだ、この人。露出狂か? 女の私ですら、目のやり場に困る。

 

 透けそうな材質の白い服を身にまとい、ぎりぎり見えてないけど、胸元が開けられて、めちゃくちゃすごい露出だ。半裸だ。裸族だ。

 そして、その肌も同様に白く輝いていた。


 その半裸が、ソファーに寝そべっている。

 女の私が言うのもなんだが、かなりの美人だ。モデルかと思うほどの美しさだ。


 ……ん? 白い髪、整った目鼻、青い瞳。

 この特徴にはどこか聞き覚えがある。あの侍従官が言ってた特徴。

 ……この人だ。第一夫人!


「お、お、お初にお目にかかります。第一夫人リディアさまとお見受けします」


 一瞬の間をおいて、二人は笑い出した。

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