第33話 正解の選択肢

 もっと他の人生があったかもしれない。


 父親がこの縁談を断ろうとした時に、そのまま断らせておけば、今頃、帝都の才女として、ちやほやされていたかもしれない。


 いや、第七夫人として、他の夫人と仲良くし、少ない税金でも、ギリギリで暮らすという手もあったかもしれない。民衆が暴動を起こさないことを祈りながら。


 いやいや。関わりにならないという手があった。

 退屈でも、誰とも関わらず、ただ部屋にいて、ただ、この人生を終わらせる。


 違う。もっと前。

 もし、あの時、セクハラされて困っていた後輩社員を助けたりしなかったら、ここに来ることも無かった。


 そもそも、困っている村を助けるなんて気を起したのがいけなかったのか。

 あらゆる選択で、私は間違え続けたのだろうか。


 シェリルの残した移動符が、風で舞った。

 私だって戦力にならない。いまのうちに逃げるという手はある。

 ふと、顔をあげると、心配そうにこちらを見ている村の小さな子供がいた。


「大丈夫だよ。おうちの中に隠れて?」


 その子供はコクリと頷いて帰っていく。


 勝てる戦いかどうかでいえば……どうだろう。

 村人たちを移動符で屋敷に送るという方法があったはずだ。

 シェリルのいない今、みんなの分の移動符がどこにあるかもわからない。

 その薄情さを恨んでいる時間すら惜しい。


 私が始めたプロジェクトだ。

 後始末も私がするべきだ。


『他人に命を賭けさせる覚悟はありますか?』


 ノイエの言葉が重くのしかかる。


 ◇


「さあ、きたわよ!」


 鐘塔から、丘の端にポツポツと黒い影が現れ始めたのが見えた。


「みんな準備はできてるわね?」


 伝声符に話しかけると、各部隊のリーダーたちが手をあげるのが鐘塔から見える。


「ちょびっと数は多いけど、相手が二度と人間の土地を襲う気力を失うくらいまでは痛めつけてやりましょう。この戦いはこの村だけでなく、領民の安全が懸かった戦いよ。ラヴァンダ領に踏み込んだら危険だと、魔物たちに教え込んでやりましょう!」


 おおっ! と各部隊から声があがる。私の大声が伝声符から漏れて聞こえているのだろう。


「砦の中に魔物が入ったら村人から教会へ。退路の確保は、護衛武官にお願いします」


 護衛武官らが腕を突きあげている。心強い。


 敵が次から次へと、丘を越えるのが見える。相当な数。

 それはどこの門からでも見えたことだろう。


「みんな、見えてるわね? はは。本当に九百くらい、いそうね」


 西の丘に黒い魔物が、蟻のように群がっていて気持ちが悪い。

 時折、少し大きめの小鬼ゴブリンもいる。隊長だろう。

 それよりも腹に響くような足音が気になった。


「な……に」


 慌てて口を押えたが、私の動揺より、見たままの風景がやばい。

 砦の皆が、既にその音に反応していた。

 最後尾から一際でかい巨人の小鬼が出てきた。小鬼なのに、巨人?!

 ……いや、種類が違う。


 大鬼オーガ!?

 そんなのがいるって聞いてないよ!?

 ああ、もう! 逃げときゃ良かった! なんで戦う気になったんだよ。ただの管理部転生者なのに。


 ……いや、選択肢には意味がない。


 落ち着け。


『選択肢の中に正解があるのかは、常に分からない。だけど、選択したことにベストを尽くすことは正解だ』


 新人時代に、上司が言った言葉だ。その人もきっと受け売りだったに違いない。でも、私の中では、それは正しい。


 どの選択肢を選んだかに正解はない。

 だけど選択した後の努力には正解がある。

 私は、ここでみんなと戦うと決めた。村人を救う為に。

 それにベストを尽くす。


「さあ第一波、くるよ! みんな構えて!」

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