第12話 棚卸し

 まずは、この領地の行政から。


 屋敷に帰ると、翌日にノイエさまにお願いして、行政棟に案内してもらった。屋敷に隣接する場所にある小さな館が、それだった。


 うやうやしく頭の禿げあがった大臣が出迎える。大臣といっても、それほど格が高い人物ではない。地方行政官……ん? どこかで見た顔だ? いや何回も見ているぞ? 誰だ?


「えっと、もしかして……大臣とはお会いしてますよね?」

「はい。アニカさま。覚えていただき光栄でございます。毎晩の晩餐をご用意をさせていただいております。セガニー・アルデジラです」


 え? コックと給仕の兼任と思ったんだけど、大臣も兼任しているの?


「何せ、人手不足でして」


 さすがに青くなった。

 大臣になんてことやらせてんだ。


「ここの行政官の人数は?」

「私を含め、15人でございます」


 ギリギリでやっているのだろう。

 たった15人で帝都の西方の重要地を切り盛りしていたのか。


「何分、税収もありません。毎年、離職するものが後を絶ちません」


 禿げ上がった頭をハンカチで拭きながら説明する。


「わかった。そんなに手間はかけない。欲しいのは……」


 私の説明に大臣は怪訝な顔をしながら「それでしたら、すぐにご用意できるかと」と頼もしいことを言ってくれる。


 ◇


 次は、屋敷のスタッフだ。

 屋敷にいるのは、屋敷を管理する侍従官と護衛武官。

 簡単に言えば、管理人とガードマンね。


 侍従官は侍女も含めて12人。少なっ。12人はギリよ?

 護衛武官は24人だ。夜の警護も含め8人チームの三交代制。

 合計36人。行政官よりも多いな。これでもこの数年、かなり減らしたらしい。


「いったい、どういうことでしょうか?」


 護衛武官長のラウロが訝しげに聞いてくる。出迎えの時に会った、嫌なヒゲオジ。顔を合わせるのは、あれ以来だ。


「我々の仕事が気に入らないとでも?」

「そういうことではありません。大丈夫。あなた方の仕事を楽にするのと、あなた方の能力を十分に発揮すること。そして、足りない人員を増やすために、あなた方の仕事を把握させてください」


 広間に集められた36人は怪訝な顔になっている。


「恐れながら、妃殿下さま。これについてゼファー皇子はご承認されておられますか?」


 ラウロが代表して尋ねてきたが、私はもう答えを持っている。どうせ「許可を取ってからお願いします」と言いたいのだろう。


「領地運営は皇族である我々の責務でもあります。もしも皇子の承認が欲しければ、ご自分でおとりなさい」


 場が静まり返った。権力を持つってなんか、気持ちいいけど怖いわね。

 業務フローや役割分担が不完全なことを突いただけ。

 稟議を回さない環境って、楽勝ね。


「では、まず護衛武官から始めようと思います。武器庫に案内してください」


 ◇


 さて、最後は、六人の夫人連中か。これが一番重い。

 侍従官らからの聞き取りで、彼女たちに掛かる日々の支出は把握できている。

 それぞれの持ち物は、皇族のものというよりも、むしろ私物。しかも、皇太子領から給与が出ている訳でもない。何か欲しいものがある時には侍従官に相談しているのが微笑ましい。


 とはいえだ。この結果と推論は、非常に悩ましい。これをどう伝えるか……。


 その作戦会議のために第六夫人のヒメカのところに来た。

 ノイエさまも呼び出してある。


 なんか、ヒメカの部屋って落ち着くんだよねぇ。敬語が通用しないから、さまとか付けなくても、怒んないし。


 ヒメカの部屋の前の廊下を歩いていると、窓辺に女性が立っていた。

 ドレス……ではない。むしろ、護衛武官らの礼服に近い儀礼制服のいで立ちだ。腰には剣がぶら下がっている。

 その首に黒い包帯……違うな。チョーカーかな? その儀礼服には違和感のある首飾りを巻いて、窓の外をコチラに気付かない様子で、……いや? 本当はこっちに気付いているなコレ。時折、チラチラと目線を感じる。


「オホン」


 咳ばらいをしてきた。

 護衛武官の偉い人なのか? それとも外部の人なのか。初めて見る顔だ。


 まあ、侍従官に任せるか。

 ノックなしでヒメカの部屋にそっと入った。


『あーっと、これはこれは、お初に……あれ? いねぇ?』


 扉の外で大きな声で独り言を言っている。怖い。

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