第25話 小鬼族

 アーシュリーが土壇場で使い物にならなくなったことは、村人にも護衛武官にも隠さないといけない。現場の指揮官不在だ。


 震えの原因は不明。

 ノイエの介抱で意識を取り戻した本人も震えたまま首を傾げている。

 緊張からなのか恐怖なのかわからないが「初物にトラブルはつきもの」というし、いやいや、今は何を言っても仕方がないわ。

 髑髏ドクロは確かに「戦いは初めて」とか言ってたけどさ。


 急遽、ラウロが西門の指揮を執ることになった。

 やることは同じだ。魔物を迎え撃つ。ただそれだけ。


「アーシュリーさまを、よろしくお願いいたしますぞ!」


 とラウロに言われたが、指揮所に残るのは、非戦闘員ばかり。


「任せなさい!」


 今は、自信たっぷりに答えてあげるのが、せめてもの務めね。

 もうどうなるか、わかんないわよ。


「アーシュリー。これ持っといて」


 シェリルがアーシュリーに紙を渡した。魔法の護符だ。

 震えが止まる護符でもあれば、助かる。


「すすすまんん」


 何を言っているのかも分からないくらいに震えている。

 シェリルは私たちを外に連れ出した。


「ちょっと、あれ、どうすんのよ?」

「最初ハ手合ワセ。安心」


 ヒメカが困り笑いで気休めを言う。

 シェリルは「安心なんかできないでしょ!?」とグチグチ言っているが、もうどうしようもない。私だって計算外だよ。


「で、どうすんの?」

「えーっと、アーシュリーはいったん戦力外で」

「ほんと、口ほどにもないわね。まあ、いざとなったら……」


 シェリルは毒づく。

 が、ここで毒づいて勝てるものでもない。

 その時、頭上の鐘が鳴り始めた。


「敵です! 西の丘!」

「数は!?」

「えーっと……十匹以上!!」


 ヒメカが持ち場に移動する。

 その背中に「お願いね!」と声をかけるしかない。

 

 ひとたび始まれば、後は祈るしかない。

 部長や本部長は、リリース日はこんな気持ちだったのか? いやビジネスは、人が死なないから、こんな神妙な気持ちじゃないだろうな。きっと。


「ほら、これ持って。あんたが、屋根に登って直接状況を伝えなさい」


 シェリルが移動符とは違う紙を二枚持たせた。


「なにこれ?」

「伝声の護符。あなたの声をこっちで聴き取るわ。既にヒメカとブージェとラウロには渡してある。それと私。この護符に話しかければ、あなたの声が聞こえるわ。こっちは伝聞の護符。私と会話ができるようになる。伝声も伝聞も、護符はこれだけ。あなたは状況を見て指示をだして。泣き言なんか言わないでよ? もうやるしかないんだから」


 頷くしかない。泣きそう。

 でも、この時代に魔法道具でも、スマホ代わりがあるのはありがたい。


 教会の屋根に登ると、どこまでも見晴らしの良い丘と畑が眼下に広がっている。

 同じく屋根に登っている村人が、指をさす方向をみつめると、そこに黒い点がいくつも連なっていた。


 アレが小鬼族ゴブリンか。まだ遠くだけど……数、多くないか?


「数が増えました。えーっと……すみません、十が、ひとつと、えーっと……」


 しくじった。村人、数が数えられない人だ。


「ヒメカ、ブージェ、ラウロ、聞こえる? 聞こえたら手を挙げて?」


 三名が門の外を見ながら手をあげるのを確認した。


「敵は小鬼族。数はざっくり五十。まだ西の丘。あっ。いま、二手に分かれ始めたわ。一隊は南側、ヒメカ方面。数は二十。残り三十は、丘を下って西門と北門へ」


 いよいよ戦闘開始だ。

 状況をなるべく正確に素早く現場に伝える。

 私は、管理部。全体を見渡す唯一の部署だから。

 ……でも、私も震えが止まらない。


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