第16話 夫人会議

「その通りです。エレナさまは、お判りになるのですね?」


 馬鹿にするなという視線が送られる。

 まあ、論理的思考ができるのなら理解もできるだろう。

 だが、私が最初に配属になった経理財務部で、いきなりこれらの財務諸表を見た時は、チンプンカンプンだった。

 エレナさまは、相当、賢い部類にはいる。


「ちなみに、皆さまの中で『計算』ができる方は?」


 エレナさまが手を挙げた。

 ……おっと、もう二名が、自信なさげに小さく手を挙げてらっしゃる。

 シェリルさまと、ノイエさまだ。


「簡単な足し算くらいなら」

 周りを見ながら、おずおずと言うのはノイエさま。


「私は二桁くらいなら、楽勝よ」

 それを見て優越感に浸ったように、シェリルさまが鼻息荒く答える。


 だが、そのレベルだ。この国では数学に重きを置いていない。

 帝都の学問は、簡単な『計算』『文学』『芸術』『農学』が基本だ。

 貴族しかいけない大学では、更に『外国語』『法律』『神学』『天文』『軍学』が学べる。これは高度な部類らしい。

 これに『魔法』の才能があるものが行ける、特別な学問所、魔法院がある。

 シェリルの両親は、この魔法院関係者だ。


「で、結論はなんじゃ?」


 そういえば、貴族しかいけない大学に、このリディアさまもエレナさまと一緒に行っていた筈なのに、計算が出来るか聞いたときに手を挙げなかったな。まあいい。


「我々には、皇帝に領地を返上するか、魔物の問題を解決するかの二択があります」


 沈黙が流れる。


「第七夫人が申すには、もしも本国に領地返上をした場合は、ゼファーさまは皇位継承権争いから離脱で、場合によっては我々との離縁もありえるそうです」


 ノイエさまのこの補足に皆が青ざめた。

 私は庶民なんで、離婚後、誰かのところに嫁げばいいけど、この人たちは、実家で「出戻り」として過ごすことになるだろう。


「して、魔物の問題を解決するには?」


 リディアさまが、少し声を震わせながら聞いてきた。


「えーっと、まずこれを駆除するために、最低限の騎士団を雇うお金が必要になります。ですが、現金に余裕がないんです。お金を捻出するには、この屋敷の中で売れそうなものを片っ端から売るのが一番よいかと。つまり、みなさんのもので、使っていないものがあれば、売りませんか?」


 もしもこの世界にメルカリがあったら、どんなに楽だったろう。

 残念ながら、この国にはメルカリはおろか、質屋の文化もない。


「ほう? 使わないものを売り、そのお金で、騎士団を雇うのかえ?」

「そうです!」


 リディアさまが理解できたのだ。

 皆も理解できたことだろう。


「では賛成の方は挙手を!」


「わらわは売りたいものがない」

「私もです」

「売らない」

「既に何も持っておりません」

「ない」

「ナイ」


 満場一致。


「では、いったん、食事にするぞえ」


 リディアさまが手を叩くと、再びアルデジラ大臣が食事のワゴンと共に入ってきた。

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