第17話 売却

 食事は美味しかったけど、会議はうまくまとまらなかった。


 でも、次の日から、即行動ね。

 最初から夫人たちの財産なんてアテにしていないんだから。

 ただ、この先、公費を使った贅沢ができないと理解さえすれば、まずはOK。


 あと、どの夫人も借金を否定しているけど、アレは別に恥ずべき行為ではない。

 返せばいいの。経理財務の経験は伊達じゃない。

 さすがに行政運営の経験はないけどさ。似たようなもんでしょ。

 まず地方債みたいなのを発行する手もある。借金はやり方次第で、もっと良い手に変えることも出来る。なんなら出資を受ける方法だってある。


 だけど、今じゃない。

 いますぐやるとしたら、コレね。


「本当にお開けになるのですか?」

「ええ。構わないわ。全夫人の同意はとってあります。どうせ使っていない部屋です。侍女の皆さんも、たまに掃除させられたり、護衛武官が警護しなくちゃいけないのは、この部屋のせいですから」


 資産の現金化よ。


 ババーン!

 使われていない部屋の中には、綺麗な調度品や、古い絵画や、誰も着たことのない衣装。


 ……思ったほど、ないな。まあいい。

 使っていない部屋は全部で78室もある! その部屋の売れるものを全部売る!


「手ごろな奴、絵とか服も、全部、売り飛ばしていきましょう!」


 全部高級っぽいからね! 片っ端から売れば、騎士団を雇う金ができるはず!


 ◇


「全然っ、だめっ!」


 夜の噴水横のベンチで横になる。

 秋も近い。夜風が冷たくなっている。


 あれから一ヶ月。すべての部屋と倉庫をひっくり返し、商人に売った。

 まさか、屋敷の高級調度品があんな二束三文とは……。


 確かに商人にはいらない調度品よね。天井まである天蓋付きベッドなんか、欲しい人は限られているし、買える財力を持っている商人は既に持ってる。しかもデザインが古い……。

 絵画だって、どこの誰か知らないおばさんの肖像画とか、いらない。私の部屋にあったら、イヤだ。

 服だって、モノはいいけど、さすがに見た目が派手なのよねぇ。


 貴族は「下賜」されたものならともかく、中古品に手を出すことはない。騎士も剣をたまわることはあっても、剣を売るのは文化としてない。


 つまり、売り先がほとんどないのだ。


 そもそも、この手の芸術価値がわかるのって、結局、工業化が始まって、手仕事のなくなる時代に、再評価として陽があたるのねぇ。身に染みたわ。


 あの金額じゃあ、やっすい傭兵を20人集めても、10日も維持できない。そもそも食料を買っておしまいだ。


 困った。手詰まりだ。いよいよ借金か?


「ため息が深いな」

「そりゃあね。このままじゃあ、私が来た途端に倒産したみたいに見えるし、私も三食昼寝付きっていう好条件を維持できなくなるし」

「なんだ。好条件に釣られたのか?」

「ま、顔も見たことのない第三皇子のところに嫁ぐなんて、そんなもんじゃない?」

「ははは。でも、それにしては頑張るね」

「私、楽をするために、最大限の努力をするタイプなの。……って誰?」


 振り向いた。

 だが月に照らされた庭には誰もいない。


 ……え、誰よ?

 若い男の声だった。確かに背後から声がした。


「護衛武官?」

「あのさ。ほんのアイデアなんだけど、護衛武官を騎士団にしたら?」

「そんなことしたら、屋敷の警護が出来ないでしょ?」

「警護しなくちゃいけない財宝が、もうなくなったよ?」


 ……ん?

 言われてみればそうだ。

 彼らは、仕事の重要性が下がった。

 盗まれるものがない以上、守るものがない。夫人たちの警護と土地の侵入者の警護が残っているが、20人も必要か?

 そもそもあんなお金にしかならないもの、20人で守ることがおかしい。


 それよりも緊急性の高い仕事が目の前にある。

 しかも彼らは給与制だ。何も仕事をしていなくても、給金が発生する。

 だが彼らが、危険な仕事を引き受けるかどうか……。


「少なくとも、ラウロ・マッツォーリ、あのヒゲ武官は、アーシュリーが行くなら、行く」

「へ? なんで?」

「ラウロ・マッツォーリの曾祖父は、元々、アーシュリーの家の見習い騎士だからね。先祖の恩義がある」

「詳しいわね」

「まあね。この家のことは詳しいよ。アーシュリーがここに嫁ぐとき、ラウロはマッツォーリ家から派遣された騎士だ」


 ぱっと声の方向を振り向く。

 気配がしたが、その姿がない。


「どこ?」

「君たちが直接あの村を助けに行くのが一番いいと思う。いや、助けてもらえないか?」

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