第21話 大義があるなら、価値がある

 割り込んできたのは、アーシュリーだった。

 右手でヒメカの頭を押さえている。


「俺たちは、第三皇子の妃だ。帝国側だ。皇子が動けない以上、決裁はこっちでやるしかない。自治領だからな。それに大義がある」

「あなたは、戦いたいだけでしょ?」

「それもあるけどな」


 アーシュリーは頷いた。

 体がなまって仕方がないと言いたげだ。


「だが、考えてもみな? この地の領民は、第三皇子が守ることを前提に、納税をしているじゃないか? ならば、俺たちがそれから目を背けることは、義に反するだろ?」

「義。大事。義、あるナラ、価値ある」


 二人に言われて、ノイエさまは黙ってしまった。


「それともノイエは、あの村が滅んでも良いと? お前、あそこの子供たちとも仲がいいんだろ? 死んでもいいと?」

「違いますっ!」

「正直、俺は戦いたいから戦う。だけど、ここで何もせずに、領民から税だけとるって、どうなのかなって思うんだ。やっていることは、合法的な盗賊だぜ?」

「何てことを」

「いや、言わせろ。お前ら、神官もそうだろ。死後の約束とやらのために、人に祝福を与えて布施をもらっているが、その結果がこれだぞ? お前らに布施を出した民たちは、幸せなのか?」


 ふと脳裏に、あの村の子供たちの姿がよみがえった。

 あの時、気まずくなったのは、あの子たちが痩せこけ、ボロを纏っていたからだ。

 一方、私は一張羅のドレスだった。

 ノイエさまが普段から簡素な神官服を着ているのも、私と一緒なのかもしれない。

 この搾取の罪から、少しでも逃れたい……。


「どれだけ贅沢をやめても、その構図は変わらない。何もしないまま、ただ善良な領民から食料や金を合法的に奪っているのが……俺たちだ」


 ノイエさまは黙ってうつむいた。


「あの子たちを、間接的に殺す『死神』は、ノイエなんだよ」


 その言葉が決め手になった。ノイエさまは止める間もなく、アーシュリーの頬を叩いた。恐らくは無意識だったのだろう。自分のした行為に自分が驚いたようだった。


「……あ。ご、ごめんなさい」

「力があるなら使え。これは命令じゃないぜ」


 アーシュリーは叩かれた頬を赤くはらしたまま微笑み、私の目を力強く見つめた。


「アニカ。ここは、敢えて責任を考えるな。何が正しいか。大義を考えろ」

「え、あ。はい」

「出発はいつにする?」

「収穫の時期を考えると、来月の頭が最適かと」

「わかった。ヒメカ、一緒に準備をしようぜ」


 アーシュリーは部屋を出る時に、ノイエさまに声をかけた。


「よく考えろ? お前の存在価値と、帝国の存在意義をな。俺は騎士の家の出だから単純だ。お前ら神官さまは何のために存在するんだ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る