第19話 髑髏の仮面

 驚いて素で振り返ってしまった。


「おっと。君の勝ちだ。これ以上は隠れるところがない」


 伸びた柱の影に同化しているが、全身は隠せていない。

 深紅のつば広帽を深くかぶり、表情こそ見えないが、中背の若い男だ。

 腰には細い剣。足にはブーツだ。

 それが音もなく、庭に立っている。


「お初にお目にかかる。我が名は……『ファンタズマ』。アニカ妃殿下にお目通りかない、光栄でございます」


 優雅にその帽子を取ってお辞儀をしてくる。

 その顔には……白いマスク。縁起の悪そうな髑髏ドクロのマスクだ。悪趣味。

 その眼窩に、少し光る眼が見えたが、表情までは分からない。


「護衛武官……じゃないわね? 誰なの?」

「お手柔らかに。危害を加えるつもりはない」


 二人の間には十分な距離があった。


「何故、異世界から来たことを知っているの?」

「素直に白状したね」


 舌打ち。なんだ。ブラフかよ。

 少なくとも、私が異世界の話をしたことはない。


「どうして?」

「先ほど披露した知識の源泉は、この世界のものではないだろ?」


 確かにそうだけど。

 でも……それだけで、私が異世界出身って思う?

 外国の知識とか思わない? それか、庶民の知恵的なナニかって。


「怪しいわね」

「実は君に限って言えば、何故皇太子妃に選ばれたのか、分からなかった」


 失礼な言い方。


「そりゃ、第三皇子が帝国有数の才女を選んだのよ?」


 自分で言うのも恥ずかしいが。


「いや、第三皇子が必要としているのは、才女ではない」

「は?」

「もちろん、アニカ妃殿下が、賢くお美しいのは存じ上げております」


 ……。

 一瞬気が抜けた。ちょ。照れること言わないでよ。


 気付けば髑髏ドクロ仮面は、月を背にして私の手を取っている。


 ……いつの間に? こわっ。瞬間移動?

 思わず手を払ったが、相手に害意は無さそうだ。


「妃殿下たちの共通点は魔力。この世界ではとても珍しい力」


 魔力。

 魔法使いの存在がとても珍しいものだという話は、以前にも聞いた。

 この異世界が、想像してたのとちょっと違うのは、そこ。冒険者もいて、魔物もいるのに、魔法使いの存在が極端に珍しいという点だ。


 それは魔力という才能を土台にし、専用の訓練を施した結果として発露する。

 誰でも学べばできるようになっていく日本の受験勉強よりも、厳しい世界。学んでも才能が無ければ意味がないし、魔力が小さければ大成もしない。

 それが第三皇子の妃の共通項? だとしたら、私も?


「でも私、魔法の訓練なんか受けてないわよ?」


 この18年間、普通に帝都で、普通に学べる範囲でしか勉強をしていない。もちろん、魔法なんか学んでいない。基本、魔法は才能のある特別な貴族か、貴族の推薦を受けたものしか学べない。


 言われてみれば、夫人たちは全員、魔法に関係した家柄だ。

 リディアは精霊使い。エレナはリディアと同じ大学というのだから、魔法の素養があるのだろう。シェリルは魔法院の学長の娘。ノイエは大司祭の血縁。アーシュリーは魔法剣士。


「ほんとに全員、魔法が使えるの? ヒメカも?」

「こちらの体系とは違うが、東方の言葉で『忍術』という魔法が使える」


 忍術……。やはりくのいちなんだ。あの子。


「この世界に百人もいない魔法使いのうち、ここに六人も集められた。それも若い女ばかり。そして七人目が君。ただの庶民のわけがない」


 いやぁ、まさか私に魔法使いの素養が実はあったとは……。

 よかった。身体が30を超えてなくて。18歳。ギリ魔法少女でいけるじゃん。

 それで異世界に呼ばれたのね~。


「そっか、私も魔法が」

「いや、それはない。魔法は10歳までの幼少期の訓練がいる」


 じゃあ、なんだよっ!

 なんで私、選ばれてんだよ!!!


 とその時、脈絡もなく、髑髏が空中に拳を突き出した。


「え、なに? こわ」


 見ると、どこから現れたのか、一本の矢が握られていた。

 そして矢を握った拳から煙が立ち上った。


「破魔矢か。しばし、お別れだ。またいずれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る