第27話 封印
小鬼は手薄になっていた東の堀を渡り、そこの柵を引き倒した。
ああああ! 私のせいだ! もー! 全方向を監視できたのは私しかいない。
くそっ! 落ち着け、私! 一番大人なのに!
とにかく、対処させないと。
「ヒメカ、東に動けない? ラウロは西門を維持して!」
しかし、このタイミングでラウロの橋の後ろで手をこまねいていた小鬼や、ブージェの橋から逃げた小鬼が合流し、ヒメカの南西門に集まり始めている。
「あっと、前言撤回。ヒメカは、そのまま南西門を維持。ブージェ、どこ??」
ブージェの姿がまだない。早く戻れ!
「ブージェ?」
「だめね。ブージェに矢が当たってる。いまノイエが治療中」
代わりに答えたのは、シェリルだった。
教会を飛び出して様子を見てくれたのだろう。
あああ。ブージェがいないと、北門へ指令が飛ばない。痛恨!
「シェリルとノイエは怪我人を連れて教会に撤収。急いで。東から
一際目立つ、少し大きめの小鬼が辺りを見渡している。あれが
「いま教会付近に小鬼がいる。誰か、手が空いている人、いない?」
自分で言ってなんだが、いるわけがない。
「こちらシェリル。教会についた。ブージェも武官も命の問題はない。ノイエが治している」
「こちらアニカ。了解。ヒメカもラウロも門外の敵で手一杯。砦内の敵は教会付近にいる。どうしよう?」
人の気配を小鬼が感じたらしい。教会に集まり始めた。
「泣き言を言うなっ。……わかった。今から虎を放つ。みんなに、この虎を攻撃しないように伝えて。三分間」
「虎? 虎って、何?」
「はやく」
「え、えっと、みんな、虎がでるから、虎は攻撃しないで! 三分よ!」
なんのこと? シェリルの魔法道具??
西門から「いけません! やめてください!」と声がする。
ラウロだ。血相を変えて教会に走り始めている。
それと同時に、下の教会から轟音とともに何かがはじけ飛ぶ音がした。
同時に、教会そばの
「へ??」
はじけ飛んだのは、教会の扉だったらしい。
何が起こったの? 何かが物凄い速さで動いている?
その何かは、突き当りの家の壁を音もなく蹴り、折り返すと、手近な小鬼の腕を斬り、胴体を両断し、振り向きざまに別の小鬼の頭を割ると、そのまま別の家の陰に消えた。
まるで、見えない相手と対峙しているようだ。
また一人、また一人と、次々と小鬼の手下が切り刻まれていくが、鐘塔からは陰になっていて、その姿が見えない。唸るような声と風音だけが聞こえた。
何かがいる。
その声の主が、ようやく姿を現したとき、息を呑んだ。
口元から涎を垂らし、牙を生やした人ならぬ形相。
それが小鬼族長を睨み、細い剣を携えている。その姿は、虎のようにも人のようにも見えた。しかし、その服には見覚えがある。
「……え? うそでしょ? アーシュリー?」
その体から小さな火花が散る。火花が体を伝い、その姿が再び虎になると同時に、小鬼族長に襲い掛かった。
小鬼族長の剣が弾き飛ばされ、その腕が切り落とされ、みぞおちを蹴り飛ばされたのは、一瞬の出来事だった。
小鬼族長はそのまま吹き飛び、柵に激突した。すぐに首をふって立ち上がったが、戦意は失っている。柵の裂け目から慌てて逃げ出した。
その背後を恐るべき跳躍力で柵を飛び越えた虎が、族長の背中を斬りつける。
そして、そのまま、堀を飛び越し、逃げ惑う外の小鬼を襲い始めた。
「みんな! あれを攻撃しちゃダメよ!」
門の外から、小鬼たちの悲鳴が聞こえた。
柵を越して彼らの首や肉の一部が飛んでくる。
一番近かったヒメカの南西門が大きく揺れる。門を押さえるヒメカの顔が蒼白になっていた。時折、門の外で大きな電撃が走った。何が起こっているのか見えない。
そこが静かになったかと思うと、堀伝いに電撃が走り、今度は西門の門扉から
ものすごい勢いで、砦の柵の周りの小鬼たちを追い回しているようだ。
小鬼の首が連続でいくつも宙を飛ぶのが、塀越しに見えた。
アーシュリーの剣技なのか、勢いなのか、西門の外の様子が見えない。
ただ門扉がガタガタと揺れていた。
「アーシュリーさまっ! いけません! 姫! いけませんっ!」
西門に戻ったラウロが、門扉を押さえながら悲痛な叫び声をあげていた。
◇
アーシュリーは魔法剣士。
炎を出したり、氷を出したりするようなものではない。
いや、これを魔法と言っていいのか……。
アーシュリーは
あとで聞いた。彼女の黒い首輪は、この
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