第6話 第三夫人と第四夫人 ②

 わけもわからず、私は腕を引っ張られて、廊下に出させられた。


「ちょ、ちょっとなになに? 私、第七夫人なんですけど!!!」

「いいから! こちらに! 失礼しました! シェリルさま!」


 引っ張っていたのは女だった。白い服に身を包んだ、メガネっ子で巨乳。

 なに、この男受けしそうな設定を背負った格好は? 聖女なの?


『二度と入ってくんなっ!』


 どういうわけか、扉はひとりでに勢いよく閉まり、扉の向こうでさっきの少女の怒鳴り声が聞こえた。


「なんなのよ。あのチビ」


 その口を、私を引きずり出した白い服の女性が押さえる。


『まだ聞こえてるんですけどっ!?』


 はいはい。聞こえていてもOK。ちぇ。あのチビ、図書館独り占めかよ。


「いけません。アニカさん。他人の部屋に勝手に入っては、誰でも怒ります」

「いや、面白そうな本が……え? 他人の部屋?」


 こくりと、その女性は頷いて、今の騒動で外れかかっていた眼鏡を直した。


「ここはシェリルさまのお部屋です」

「……ここが? え? 部屋? 中、書架だらけだったよ?」

「はい。シェリルさまが、御実家から持ってきた魔法書の類です」

「ま、魔法書? あれ、全部魔法書なの?」

「……中には、……そりゃ、御年齢でしょうから、恋愛小説とかもございましょうけど……」


『ないわよ!』


 と扉の向こうから、少女の声が聞こえる。

 それよりも、もっとビッグワードがあった気がする。


「え? シェリルさまって言った?」


 その女性はコクリと頷いた。


 血の気が引いてきた。馬車の中で教えてもらった情報に、「第三夫人シェリルの見た目は少女」という情報があった。


 第三夫人シェリル。帝国でも重要な貴族だ。父親は貴族しか入学が許されない「魔法院」の学長であり大魔導士の称号を得ている。母方の家系は、代々宮廷魔術師を世に出す家系だという。既に姉は、第二皇子の側近を務め、弟は帝国の宮廷魔術師の見習いだ。


 え、やば。


「図書館ではなく、個人の部屋?」

「はい。我々が入ってよい部屋は限られていると、最初に教わりませんでしたか?」

「それは、教わったけどさ……」


 女性は、こんな簡単な言いつけも守れないのかと呆れた顔で見てくる。


 そういえば、この女性は誰だ? この屋敷の侍女のメイド服ではない。帝都でよく見られた神官服だ。白い布地に赤い縁取りは、この国どころか、大陸全体に影響力を持つ教会の制服だった。


 となると、この地方の教会神官か?


「いや、申し訳ない。それは、私が悪かったわ」


 すぅっと息をして大きな声で、謝った。


「申し訳ございませんでしたっ! シェリルさまっ!」

『うるさいのよ! もう下がって!』

「もう、行きましょうっ」


 教会神官の女性に手を引かれ、私は階下に降りた。


「いやぁ、ご迷惑をおかけしました。聖職者の方ですか?」

「いえ、この城には、聖職者はいません。私は、この城のものです」

「えっと、じゃあ侍女長さん?」


 その言葉に、女性は眉を寄せ、眼鏡を上げた。


「私、ノイエ・カザンスカヤと申します。ここの第三皇子の第四夫人を務めさせていただいております」

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