第8話 辺境地域の魔物

 ヒメカさんに促され、二人で噴水横の豪奢なベンチに座る。

 ヒメカさんは、どこに隠してあったのか、もう一つ小さなパンを出して食べ始めた。別にお上品な食べ方ではなく、どちらかと言えば、むしゃむしゃという食べ方だ。なんだか親近感が倍増する。


「大変。夫人。スルことナイ」

「え、ああ。そうなんです。何もすることが無くて」


 確か、ヒメカさんも半年前に、ここに来たはずだ。

 

「同ジ。暇」


 そう言って自分と私を指さして微笑む。

 この縁談が舞い込んだ時、これで永遠に三食昼寝付きだと思ったが、まさか、それ以外にすることがないとは思ってなかった。


「しかし、なんで、この屋敷は、こんなに寂れているんですかね?」

「夜。噴水。好き」


 うん。話が通じていないな、これは。難しい話は無理だな。

 パンにかぶりつく。この人の前で礼儀とか、別に良いだろう。


「アニカ、ヒメカ、友達?」


 お、おう。友達欲しい。

 パンを咥えたまま頷くと、ぱぁっとヒメカさんの顔が明るくなった。


「ホントに?」

「ホント、ホント。アニカ、ヒメカ、友達」


 私まで片言になってきたが、それでもこの屋敷の唯一の友人を得た気持ちだ。


「第一、えらソ。第二、むつかシ。第三、子供。第四、ホンワカ。第五、面倒」


 指を折りながら、ヒメカさんは夫人たちを紹介してくれている。


「第六、言葉、問題」


 自分の顔を指して、笑う。


「デモ、美人」


 はいはい。


「第七、友達」


 私を指さしてきた。

 うんうん。


「庶民ノ、クイシンボ。クイシンボ?」

「いや、食いしん坊じゃねぇし。まあ、庶民だけどさ。あはは」


 釣られたように、ヒメカさんも笑う。

 ちくしょう。誰だ。私を食いしん坊キャラに仕立てようとしている奴。

 第二か? あいつか?


 ヒメカさんは隣で爆笑したままだ。ひーひー言ってる。

 なんのツボに入ったんだよ?

 

「ところで、ヒメカさんは、第三皇子にはお会いされていますか?」

「第……ナニ?」

「皇子。見た?」

「皇子? アー。見てナイ。顔、知らナイ」


 やっぱり人前に出ないって言うのは本当なのか。

 再び雲が抜け、中庭を月明かりが射した。今日は満月だ。


「この噴水、水が出たらいいのに」

「ナニ?」

「噴水。水、ジャバジャバ、ナイね」

「アー。ソレ、ゼニね。ゼニない」


 渋い顔をして指で丸を作っている。

 ゼニ? ああ、ぜに。お金のことね。

 お金がなくて、節約で止めているってこと?

 この土地は、税収が低いのかしら。


「マモノ、来る。麦、トル。戦ウ。ゼニなくなる」


 ふーん。……え?


「マモノ? 魔物って言った?」


 ヒメカさんがコクリと頷く。


「え、魔物が来るの? この領地」

「イッパイ。ラヴァンダは、マモノ、イッパイ」


 国境沿いの辺境地には、まだ魔物がいるとは聞いていたけど、まさか襲撃に会っているとは思わなかった。


「ダカラ貧しイ」


 そうか。魔物に襲われて、税収が滞っているって言いたいのか。

 皇太子領とはいえ、豊かな場所じゃないってことか。それは困るな。


「コノ庭ニモヨク出る」

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