第9話 経営の基本は現場を知ること!
その後、猛ダッシュで部屋に逃げ帰ってしまった。
いや、急に「ここも魔物が出るよ」って言われて、「へー」って、おとなしくパン食べてられないでしょ? 私、間違っていない自信ある。
でも置き去りにした第六夫人のヒメカさまには、謝っておこう。
侍女に話をし、ヒメカさまに「お部屋にお伺いしてよいか」を確認を取ってもらったら「すぐに来い」と言う。
怒ってんのかなぁ。謝るしかない。置き去りにしてごめんなさいと。
「あら、アニカさん」
ノックして扉を開いた瞬間、部屋を間違えたかと思った。
そこにいたのは、第四夫人のノイエさんだった。
「ああノイエさま。その節は大変な無礼をいたしまして、大変もうしわ」
「ノイエ。だめ。アニカ、ヒメカの友達」
「あら、そうなんですの?」
私の謝罪を遮って、はしゃぐように話すヒメカさんに、それを聞いて目を丸くして驚いているノイエさんの前では「はぁまぁ」と、曖昧に返事をするしかない。
友達だと言っても、具体的になんだという話でもないし、昨日の夜に中庭でパンを一緒に食った仲程度のことだ。ほぼ、餌付けに近い。
それに、第四夫人に、夜中に庭に出たことがバレたら、何か小言を言われそうだ。この人は真面目そうな人だからな。
「お邪魔でしたら、時間を改めて参りますが」
「ダメ。一緒ね。アニカ、ノイエ、一緒ニ出るヨ」
ヒメカさんはすぐに着替え始めた。
出る? とは?
ヒメカさんの部屋は、私の部屋とさほど変わらないくらいの大きさだが、その調度品は、この国のデザインとは違う。アジアンテイストの家具で揃えていた同僚が昔いたなぁ。そのままバリに引っ越していったけど。
野良着のような服に着替え終わったヒメカさんは嬉しそうに、私とノイエさんの手を取って、廊下を駆け出した。
◇
結局、なんの因果か、私とノイエさんは、ヒメカさんに連れられて、馬車で領内を回ることになった。といっても、ヒメカさんは、馬車の御者をやっている。馬車も、作業用に使う荷馬車だ。正直、腰に来る。道、ガタガタだ。
それにノイエさんの服は神官服だからまだいいとして、私の服、これ、割と一張羅だと思うんだけど、荷馬車の上で不自然じゃないの?
まあ、領主の夫人としては、領内の現状把握は必須ね。いい機会。
「このグランベレッツァ帝国が、大陸有数の穀倉地帯なのは、ご存知かしら?」
「もちろんです。東から南の地に広がる、ベーメン平原が、我が国の重要な小麦の産地。北方の牧畜。西方は野菜畑やハーブで有名です」
これくらいは常識だ。
異世界で生き残りたければ、まず地理を押さえること。頭の中の世界地図を捨て、この世界の地図を入れておかないといけない。
中世ヨーロッパに近似する世界だが、お洒落なフランスでも洗練された英国でもない。強いて言えばゴテっとした東欧っぽい文化。
交通機関は馬車と水運。なので大河沿いに街が発展する。
帝都は、北の銀嶺山脈から流れるシルバストリ河川と、東北側から流れるチェラブリッソ河川の合流地点近くにある。この国のほぼ中心だ。
ちなみに私の異世界での父方の苗字は、このシルバストリ川から取られている。
平野の大きさは、関東平野の5倍か6倍か。農業には恵まれた土地だ。
「野菜畑や、ハーブ、それに葡萄も有名ですね。水はけのよい土地」
西方はかつて一大ワイン産地だったらしい。過去の話だ。
そう教わった時は「ふーん」としか思わなかった。あんまりワインが売れなかったのかなくらいにしか思っていなかった。
一見、未開拓の草原が広がっているように見える。だが、そこにあぜ道の痕跡を見つけるたびに、ここが元畑だったことに気付かされる。
「この地に魔物が出るという話、ヒメカさんからお聞きですね?」
「はい。……もしかして、魔物の襲撃で離農されたのでしょうか」
ノイエさまは頷く。
「これが、この領地が貧しい理由。本当なら、この魔物を討伐しなくちゃいけないんですが」
「騎士団はどうしたんです? 辺境騎士団がいるのでは?」
「5度目の討伐で失敗し、給与の未払いで、騎士団は解散になりました。それ以来、騎士団を結成するお金がなく」
「どこかから借りればいいのに」
ノイエさまは目を丸くした。
「そんなことはできませんわ? 皇太子領ですよ? 自分でなんとかしないと、後の皇位争奪戦で不利になります。それに借りるにしても肝心のゼファーさまが……」
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