第23話 出立
村の収穫が始まるのは間もなくだ。
今年は気候も良く豊作だそうだ。
護衛武官と、アーシュリー、ヒメカ、シェリル、そして私、それに行政官が2名付き添って村に向かう。
計算外は馬。全然足りなくて、アーシュリーの白馬とヒメカの黒馬も荷馬車にし、護衛武官は全員徒歩。これだと国境近くの村まで二日かかる。
それの何が嫌かというと、食料が減るという点だ。
一日ズレれば、撤退が一日早まる。
「ちょっと、第四夫人は来ないの?」
シェリルさまが、荷馬車に乗って、口を尖らせている。
「ノイエも来るって言うから、慌てて私も準備を整えたのに?」
「来てくれるって思ったんですけどねぇ」
苦笑いしか出ない。
アーシュリーとヒメカはそれぞれの馬を操っている。
荷馬車に腰かけたシェリルさまの隣に私も座った。
あの後、アーシュリーはノイエさまとは話をしていないらしい。
ヒメカは何度かハーブ園で見かけたそうだが、声をかけられなかったらしい。
中途半端な喧嘩が良くなかったのか、仲直りのきっかけが難しくなった。
ちゃんと話をしたら、分かってくれそうな人だと思ったんだけど……。
ラウロが、出立の号令をかけると、荷馬車も動き出した。
「ま。あとから来るとして五分五分ね。所詮、あの子も人の子よ。戦いが怖くないわけがないわ」
そう言うと、シェリルは一枚の紙きれを渡してくる。
「大事にしなさい? 魔法、使えないんでしょ? いざとなったら使いなさい」
「なんすか。これ?」
「一度しか使えないから。移動の魔法陣。『移動符』っていうの。広げて踏めば、屋敷に移動するわ。対になっている魔法陣を屋敷に置いてあるから。いざとなった時に、これで屋敷に逃げるのよ」
「逃げる……」
「何、嫌がってんのよ。当たり前でしょ? 負けるわけにはいかないのよ? 勝てる算段ができるまで、生きて何度でも挑まないとダメなのよ?」
「あ、そうか」
ちょっと感心した。
勝つ為に逃げる。確かにそれは必要。
それより、シェリルさまは、うっかり「あなたも」と言った。やはり、シェリルさまも魔法が使えないということか。
「何枚も、あるんですか?」
「まあね。屋敷のいたるところに置いてきたわ。空き部屋が多くて助かるわ。最悪、村人をこれで逃がすことになるかも」
「向こうからも、こっちに移動ができるんですか?」
「双方向だから。最初からそうしておけば、こんな馬車に乗ってゆっくり移動する必要もなかったわね。次の機会は……と言いたいところだけど、もう、これで最後だから」
「え。使い果たしたんですか?」
「そうよ? ここで使うのが正解でしょ? 割と貴重な魔法書なんだから」
魔法書といっても、呪文が書かれてあるだけではなく、こういうすぐに使える実用魔法が書かれたものもある。魔法を使えないシェリルさまの書架には、そういう本も多いだろう。それを放出してくれたのだ。ありがたい話だ。
「紙を広げて使うんですか?」
「広げて踏めば、屋敷内のどこかの移動符に出るわ。魔力不要。逆に屋敷の移動符を踏めば、こっちの移動符に……」
腿の上に広げた紙が膨らみ始めた。
白い何かが現れ、むくむくとふくれあがる。
「な、なんですか、これ?」
「ちょっと! 下に置いて!」
慌てて、紙を荷台に置くとそこから、ふわりと、光が立った。
「やはり移動符でしたのね?」
現れたのは、ノイエさまだった。
「ノイエさま!? 一緒に行ってくださるんですか?」
「いけませんでした?」
「ありがたいです! 衛生兵もいないですし」
「えーせーへー? あ、そうそう。怪我人への対応ができるように準備してきました。私が皆さんを看護します」
背中のリュックの中身を広げ始めた。
「傷の軟膏や、気つけ薬、解毒薬、治療薬、それにいざという時の手術の道具」
「あー、わかったわよ。ここで広げないで! ノイエ」
「まあ、シェリルさまもいらっしゃったのですか?」
「いちゃ悪い?」
「意外でした」
「あ、あたしの方こそ、意外よ。今から行くのは『戦場』よ? 覚悟はあるの?」
「覚悟ができました。シェリルさま」
ノイエさまがにっこりと笑う。それはどこか寂しげな笑いだった。
「なら、あたしのこと、いちいち『さま』をつけないで? アニカもよ?」
シェリルさまは、いや、シェリルは「私たち、戦友になるんだから」と、小さな声でつぶやいてそっぽを向いた。
「わかりました。シェリル。アニカ、私も呼び捨てで構いません。村を救うために、力を合わせましょう」
「はい。ノイエさ……ノイエ。一緒にあの村を救いましょう」
私を見て、シェリルとノイエは少しだけ意外そうな顔を浮かべ、微笑んだ。
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