第13話 仮説とシミュレーションは経営企画の基本。

「このままだと、結局、屋敷を売るか、屋敷を担保に金を借りるかってところね」


 現状を説明しても、ノイエさまもヒメカもポカンとしている。

 さすがにこの世界で、高度な財務分析は難しかったか。


「今年まではなんとか行ける。でも、魔物の脅威に晒されている村も、完全に消えると、来年中に、この屋敷も領地も立ち行かなくなる計算なの」


 西方地帯の収穫力や、野菜の市場価格から、税収は簡単な予測ができた。

 市場からの税収も、ほぼ横ばい。仮にこの税額を上げたとしても、このまま西方の村の離農が止まらず収穫が落ち続ければ、いずれ行き詰る。


 領地運営に必要な経費もまとまっている。

 今年は税収から経費を引いて、単年赤字だ。

 更に行政官か護衛武官を解雇するしかないだろう。

 そうなれば、ますます運営が苦しくなる。


 魔物退治をしない限り、先は見えない。


 ネックは、病気の第三皇子が全く政務に顔を出さず、決定を下さないことだ。現状を知らない可能性も高い。


「要するに、魔物の討伐は、領地経営には必須。じゃなければ、数年、屋敷を切り売りして生き延びることは可能。だけど、無くなればそれでおしまい。仮に借金で皇位継承が不利になっても、このまま滅びるよりマシのレベルね」


 まあ、それは最悪の手段。


 基本、帝都が辺境の皇子領の自治を認め、手助けもしないのは、帝国を引き継ぐ前に、領地経営の練習をさせているからだ。

 息子に事業継承前に、子会社で経営を勉強させるのは、日本でもよくある話だ。

 帝国が第三皇子領の窮状に全く援軍を出さないのが、その証左だろう。増えたのは暇な夫人たちだけ。


「魔物を討伐する? 出来ますの?」

 絞り出すような声でノイエさまが尋ねる。眼鏡がずり落ちていて可愛い。

 ヒメカも「討伐、討伐」と頷く。


「今の状況では簡単ではないけど」


 討伐するには騎士団を再雇用する必要がある。

 砦化させたとはいえ、あの村を守るのに最低限あと20人は欲しい。

 これに村人50人のうち、戦えそうな人を30人加えて、合計で50人くらいか。


 攻めてくる魔物の数にも依るが、50人で守られた砦ならば、ある程度の時間が稼げる。過去の魔物の襲撃数は、記録によると最大で50匹ほどだ。通常は10匹から20匹程度。


 騎士団の雇用期間を短くする為にも、秋口の収穫期に短期で雇用。その条件で騎士が集まるか? 条件はよくない。


「騎士団を常駐させるほどのお金もない。手っ取り早く終わらせるには、雇用期間内に魔物を完全に叩き潰すしかないということですか?」

「そうです。でも相手が何匹なのかもわかりません。100なのか、200なのか」


 それに途中で失敗したら、この作戦は終わり。

 その後の最終手段として三つの選択肢がある。


「一つは、領地返上。帝国軍直属領として、帝国軍が守る」

 そうなれば、第三皇子の地位は地に堕ちる。

 しかし帝国の軍事力で、このラヴァンダ領への侵略は回避。何よりも第三皇子が責任を負うことはなくなる。

 私たちは、帝都の片隅でひっそりと暮らすことになる。

 事業で言うのなら失敗ね。

 関連企業への売却とかフランチャイズの本社売却に近い。


「もう一つは、軍事力か軍資金を借りるという選択肢」

 軍事力を借りるのであれば、北の長兄殿下から。

 軍資金を借りるのであれば、南の末弟殿下から。

 どちらにしろ、これで借りを返せないとなれば、第三皇子の地位は地に堕ちる。

 事業で言うのなら、負債を抱えた新規事業かな。

 勝っても負けても借りは大きく、その返済がのしかかる。


 二人とも、どちらの案にも首を横に振った。


「最後は、魔物に蹂躙されるという選択肢」

 守り切れませんでした。帝国本領への侵入を許しました。ごめんなさい。だ。

 これについては、もう、どうしようもない。

 事業で言うのなら倒産。ここから帝国まで連鎖倒産する可能性もあるけど、正直、関係ない。私たちの命はその頃には終わっている。


「というわけよ」

「それは、どの選択肢も。我々は、ほぼ負け確定ということでしょうか?」

「魔物を追い払わないのなら、そう。今から、実家に戻ることを考えておいた方が良いかもね」


 実家の部屋を物置にされてないか心配。


「わたし……帰るところなど……」

「諦めナイ。勝てバイイ。魔物、倒ス」


 事情が分かってないのか、ヒメカだけ鼻息が荒い。

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