暗黒人間、ウィンダム氏
「相変わらず、チープで頭の悪そうな店だ」
私たちが食事を楽しんでいると、気取った声が聞こえてきた。
単身で入店したその男は、三十代前半だろうか。癖毛をきっちりと整え、身だしなみは一分の隙もなく、こだわりが強そうなタイプだ。
言動はひどいのに、顔立ちには奇妙な魅力があって、内面、外面で、マイナス、プラスがせめぎ合い、絶妙なバランスを保っているように感じられた。
その男は隣席に腰を下ろした。
ルードヴィヒ王弟殿下は興味深げにその男を眺めている。すると視線に気づいたのか、男がこちらに顔を向けた。
「――失礼、何か?」
問われたルードヴィヒ王弟殿下が微かに口角を上げる。
「いえ、『頭の悪そうな店』と貶すのなら、来なければいいのに、と思いまして」
男が『おやおや』という顔つきになり、片眉をクイッと持ち上げる。
「私の中で、何ひとつ矛盾はないのですがね」
「そうですか?」
「なんせ私は今日、『頭の悪い店』に来たい気分だったのですから」
なるほど……! 全員が目から鱗の気分だった。
これは様々なケースで応用できそうだ。相手をマウントして良い気分になりつつも、万が一けなした相手から「悪口言うくらいならもう二度とこちらに関わるなよ」と拒絶されたら、「いやいやこちらはお前の駄目さ加減を楽しんでいるだけだから」と開き直って関係を継続できる。
全員納得がいったが、同時に『なんてひねくれた面倒な人……!』と衝撃を受けた。
面倒族代表男が「んん」と咳払いしてから名乗る。
「私の名前はウィンダム、この町で一番賢い、勝ち組の男です。ハイスペックな私に比べれば、この町の人間など全員等しくクズ――塵芥(ちりあくた)です」
「ほう、ほう、面白い」ルードヴィヒ王弟殿下の瞳は危険なほどに輝きを放っている。「私の名前はルードヴィヒ――おそらく世界中の誰よりも、あなたの可能性を高く買っている男です。出会ってすぐに、ただ者ではないのが分かりました」
「おやまぁ……悪い気はしませんね、ルードヴィヒ殿はお目が高い」
ウィンダムがふふんと得意げに笑む。
ルードヴィヒ王弟殿下もにんまりと笑った。
「いやぁ、なんという幸運。ウィンダム殿のような面白い方が、隣席に偶然座るとは」
笑みを交わすふたりを眺め、
「……始まった」
アドルファス王太子殿下が淡々と呟きを漏らした。
「……やれやれ、またですか」
秘書のユリアもポーカーフェイスで額を押さえている。
私とマイルズは訝しげに顔を見合わせた。
……ルードヴィヒ王弟殿下って、呪いのアイテム収集だけでは飽き足らず、『世界征服を夢見ちゃう系』の暗黒人間にも興味があるの?
「――おい、ウィンダム、また来たのか」
と、そこへ、三十代の男が現れ声をかけた。
エプロン姿で奥から出て来たのは、ここの店主だ。ワイルド系の風貌で、体型もマッチョ。
腕組みをして渋い顔でウィンダムを眺めおろしているので、歓迎していないのは明らかだった。しかし即座に叩き出さないところを見ると、何か事情があるのだろうか。
「やぁ、昨日ぶりだね、ロイ」ウィンダムがマイペースに返す。「初めから味に期待はしていないから、どうか安心して、今夜もチープ極まりない料理を出してくれたまえ」
今のやり取りを聞き、こちらのテーブルは騒然だ。
「え? 塵芥とか悪態をついておいて、昨日も来たの? もう自宅同然じゃないの」
ヒソヒソ。
この店の料理が本当にお粗末なものならば、(わさわざ言葉に出すという下品さは置いておいて)ウィンダムがそう言うのも無理はないと思えたかもしれない。
けれど我々はすでに食事を始めており、味を知っている。
テーブルに並んだ品々はどれも彩(いろど)り豊かで、気取っていないけれど味に深みがあり、湯気が立つほどに熱々で提供されたし、とても美味しかった。
「さて」ウィンダムが気取って店主のロイに話しかけた。「今日のおススメはなんだい?」
「……夏野菜のデール煮込みだが」
「ふ」ウィンダムが鼻で笑った。
「なんだよ、その笑い方は」
ロイはムッとした様子で眉間に皴を寄せている。
「笑止(しょうし)! 色々と間違いまくっているね――『デール』はフガルディ語で、正しくは『ドェイ』と発音するのだよ――そして『ドェイ』はそれ自体が『夏野菜の煮込み』という意味を持つから、『夏野菜の夏野菜の煮込み煮込み』という訳の分からないメニュー名になってしまっているよ? いや、違うか――訛(なま)って『デール』と発音しているわけだから、『夏野菜の夏野菜使っているだぁー煮込みだっぺ煮込み』といったところか……」
ウィンダム氏はやれやれ、と首を横に振ってみせた。
「ふふ、これでは食欲減退だな……では、チキンのグリルをお願いする」
――あれだけ尺取ってダラダラ喋っておいて、結局、おススメ注文せんのかーい!!!
特にユリアが苛々していて、ウィンダムの言動のせいで歯ぎしりしていた。
ルードヴィヒ王弟殿下だけがひとり、こらえきれずに口元を手のひらで押さえた。
「やだもう、すごい逸材……オモロすぎる」
ウィンダム氏に夢中のルードヴィヒ王弟殿下を眺め、私は、『この中で一番の危険人物って、実はルードヴィヒ王弟殿下なのでは?』とおそれを抱いた。
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