七日後、ゲームが始まる
別れ際、エルゼ嫗が少し親切な口調で告げた。
「また来なよ」
これにより一同がザワつく。
「……思いがけない、大人な台詞」
「……気遣いとかできたんだ」
「……逆に怖い。罠?」
エルゼ嫗が呆れたように半目になる。
「ちょっと、聞こえているよ! 年長者に対するマナーってもんを知らないのかい」
「ですがエルゼ嫗、あなたは意地悪な印象が強くて」
ユリアはいついかなる時でもズケズケとハッキリものを言う。
エルゼ嫗が邪悪な顔つきになった。
「おい小娘、『また来なよ』っていう先の言葉、あたしが親切で言ったと思っているのかい? 違うからね」
「じゃあなぜ?」
「また来て、あたしを楽しませておくれ、ってことさ。次もペイトンの顔を拝ませてやるからね、ディーナ――そうだ、今度は本物を呼んでおこうか?」
それを聞きゾッとする私を眺め、エルゼ嫗がニヤリと笑う。
「ヤキモチを焼くアドルファス王太子殿下を見るのも、たまにはいいだろう?」
「いいえ!」
私は大きな声で否定をした。もうあんな思いは二度とごめんだ。
エルゼ嫗が「ははっ!」と高笑いしているのだが、笑いごとではないと思う。
そんな空気の中、
「あのお……」おずおずと挙手したのはゲオルクだ。「私も一緒に付いて行ってはだめでしょうか?」
あまりに図々しい質問に、皆呆気に取られてしまう。それを『了承』と受け取ったのか、ゲオルクが前のめりになって続けた。
「なんでもいたします――ディーナさんの爪を磨いたり、髪をとかしたり、靴をはかせたり、それから――」
アドルファス王太子殿下が指を突き出し、容赦なくゲオルクにデコピンを食らわせた。
「あ痛っ!」
ゲオルクが衝撃で目をつむる。
間髪入れずに、ユリアが右から、エルゼ嫗が左から、ゲオルクにビンタをした。
「ひぃ、痛いっ!」
「黙れゲオルク、舌を引っこ抜くよ」
ユリアのおそろしい脅しが辺りに響いた。
「――それではこれで」
別れを惜しむ空気は微塵もなく、一同、清々した気持ちで馬車に乗り込んだ。
もちろんゲオルクを連れて行くわけがない。
* * *
帰りの馬車の中でルードヴィヒ王弟殿下が気重そうに口を開いた。
「この箱が開けられるようになるのは、次の満月か……」
幅がニ十センチちょっとの木箱は、施錠された状態で、ルードヴィヒ王弟殿下の横に置かれている。
――アロイスからのメッセージには『次の満月の晩にこの箱を開けよ。時が来れば鍵は壊れる』とあった。
ユリアが眉根を寄せる。
「次の満月は……七日後? 春分祭の前夜になるのかしら」
「春分祭?」
と私は尋ねた。
やはり他国なので、私の祖国とは行事が違う。共通の行事もあるとは思うが、『春分祭』に関しては生まれ育った国になかった。
「ええ、春分祭」とユリアが頷いてみせる。「春分祭では『夜明けの卵』探しのイベントがあります。卵の表面をカラフルに塗ったものを屋敷の中や庭に隠して、それを探すゲームです」
「探し出した卵の数を競うのかしら?」
「数で競うというより、卵と引き換えにお菓子などのプレゼントをもらえるんですよね。当国の春分祭では、くり抜いた卵の中に小さなメモが入っていて、そこに書かれたものをあとでもらえることになっています。たとえばチョコレートとか、キャンディとか、ぬいぐるみとか」
「子供が喜びそう」
卵だと隠すのにちょうどいいサイズだ。小さすぎもせず、大きすぎもせず。そして表面はカラフルに着色されているとのことだから、見た目も華やかで、見つけた時にテンションが上がりそう。単色を塗るだけでなく、さらに柄や絵をつければもっと可愛らしくもなるし、豪華な感じにもなる。
ルードヴィヒ王弟殿下が考えを巡らせる。
「卵探しか……アロイスからのメッセージに、ふたつ目の試練は『選択』とあったな。卵の中には内容の異なるメモを仕込めるから、それで『選択』と言っているのか?」
「何を選ばされるのか……」
全員が物思うような顔つきになる。
どんな試練になるのか見当もつかない。
ひとつ目の試練で『ペイトン』をぶつけてきたことを考えると、次は『メイヴィス王女』が登場したりして?
……まさかね。
どちらにせよ、アドルファス王太子殿下と私が乗り越えなければならない、恋の試練が用意されているのかもしれない。
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