深夜0時スタート


 それから七日後――春分祭、前夜。


 ふたつ目の試練の日。


 早めの夕食をとり終え、一同は書斎に集まった。


 メンバーはいつもの五人で、ヘルベルト国王陛下やジニー王妃殿下はこの場に呼んでいない。ヘルベルト国王陛下は国政を担う立場であるし、ほかに気にかけるべきことが山ほどある。それに極度の心配性でもあるので、巻き込まないほうがいいだろう……となったのだ。


 私はアドルファス王太子殿下に報告した。


「父と母は明日こちらに着く予定です」


「パピーが来るの、楽しみだな~」


 アドルファス王太子殿下の瞳が和んだ。それは川面に光が反射したような穏やかな輝きで、彼が本当に父の来訪を楽しみにしているのが伝わってきた。


 それを見て、私はくすりと笑みを零してしまう。


「ディーナ、なんで笑うの?」


「いえ……久しぶりに婚約者の父親と会うとなったら、普通の人は気が重くなるんじゃないかしら? と思ったもので」


「だけど僕、ディーナの父上が好きだから」


「そうですね、嬉しいです」


「嬉しいの?」


「嬉しいですよ?」


 私が微笑みかけると、アドルファス王太子殿下の纏う空気がさらに柔らかくなる。彼から眩しそうに見つめられると、『好きだよ』と目線で伝えられている気持ちになり、なんだか心がくすぐったい。


 私は幸せを感じた。


 アドルファス王太子殿下と一緒にいると、毎日楽しい。


 だから大丈夫……私は思った。


 どんな試練があってもきっと乗り越えられる。


「私の両親が着いた時には、ふたつ目の試練を乗り越えたあとですね」


 あえてポジティブな発言をした。成功を収めて、その上で再会する――きっとそうなるはずだ。


「そうだね」


 アドルファス王太子殿下も同意してくれた。


 ――円卓に置かれた木箱を全員が見おろす。


 見たところ鍵はまだしっかりとついていた。


「窓際に移そう」とルードヴィヒ王弟殿下。「メッセージには『次の満月の晩にこの箱を開けよ。時が来れば鍵は壊れる』と書かれていた――だから月光に当ててみようと思う」


 ルードヴィヒ王弟殿下が円卓をひょいと持ち上げた。小ぶりの軽い円卓なので、ひとりでも持てるというのは分かるのだが、王族のわりにものすごく気さくな振舞いである。


 この辺はアドルファス王太子殿下にも通じるところがあるけれど。


「あ、僕も半分持ちます」


 マイルズが慌てて歩み寄ると、ルードヴィヒ王弟殿下が、


「じゃあ上に載っている木箱を持ってくれる? ありがとう」


 なんだかんだ息の合っているふたりだ。


「夫婦みたいですね」


 ユリアはルードヴィヒ王弟殿下の婚約者であるのに、まるでヤキモチを焼かず、むしろ感心したようにふたりを眺めている。


「か、からかわないでください」


 マイルズが赤面する。


「そうだぞ、ユリア」とルードヴィヒ王弟殿下が横目で睨んだ。「マイルズくんは純粋でいい子なんだから、いちいちからかうもんじゃない」


「はーい……なんか私、悪役令嬢みたいなポジションだわ。ヒロインのマイリーちゃんをいじめて、ヒーロー役の王弟に睨まれる、みたいな」


 ユリアがウキウキして嬉しそうなので、それを見た私は『ユリアさんはどういう情緒をしているのだろうか』と心底不思議に思った。


 円卓を窓際に置き、箱に月光を当ててみる。


 するとすぐに鍵が壊れた。


「――よし、開けよう」


 ルードヴィヒ王弟殿下が木箱の蓋を押し上げると、中から黒く塗られた卵が出てきた。大きな卵だ。リンゴふたつ分くらいあるだろうか。


 黒く塗られた卵の表面には古代文字が浮き出ている。


「卵を割れ――と書いてあるな」


 ルードヴィヒ王弟殿下が慎重な手つきで卵を取り出し、円卓の上に移す。


「僕が割ります」


 アドルファス王太子殿下がそう言って、皆が何かを言う前に、拳をトン――と振り下ろした。それにより卵がグシャリと潰れる。


「おい、割り方!」


 ルードヴィヒ王弟殿下が慌てているが、あとの祭りだ。中に尖ったものでも入っていたらどうする気なんだ。


 アドルファス王太子殿下がシレッと答える。


「中身、たぶん手紙ですよ」


「なんで分かる?」


 アドルファス王太子殿下が拳をどけると、彼の言ったとおりだった――卵の破片の下に、封筒に入った手紙が出てきた。


「だってほら、木箱の隅っこにペーパーナイフが入っているから」


 アドルファス王太子殿下が木箱の隅を指差すので、皆、「え?」となった。


 卵は現状箱から取り出されており、円卓の上で粉々になっている。


 入れものだった木箱のほうは下に深紅のクッションが敷いてあり、確かによくよく見てみると、クッションの横に金属製の何かが挟まっているようだ。


 アドルファス王太子殿下が指を隙間に入れ、ペーパーナイフを取り出した。そして優雅に刃先の向きを変え、取っ手のほうを叔父上に差し出す。


「手紙を読み上げる役目は、叔父上に譲ってあげます」


「なんでよ?」


「僕は真面目に喋るのが面倒だから」


 アドルファス王太子殿下がひどい横着をきめこみ、ルードヴィヒ王弟殿下は呆れた顔つきになったものの、黙ってペーパーナイフを受け取った。


 手紙の封蝋を手際よく開封する。


 中にはふたつ折りにされた手紙が入っていた。


「読み上げるぞ――ゲームは深夜0時スタートだ。『夜明けの卵』探しをしてもらう。ゲームの挑戦者はディーナ」


 皆が私を見つめる。


 ……アドルファス王太子殿下ではなく、私が挑戦者なのか。


 アドルファス王太子殿下には解呪の能力があるが、私は無能力者だ。大丈夫だろうか……皆の顔が心配で曇る。


 私は『大丈夫です』と頷いてみせた。


 やるしかない。できるかしら? と不安に思っていても、何ひとつ良いことはないし、私がグラグラしていると優しい皆は胸を痛めてしまうだろう。


 アドルファス王太子殿下が私の手を取り、励ましてくれた。


「気負わなくていい。最終的な決着は僕がつける。ディーナはいつもどおりで大丈夫だからね。君は賢くて強くてすごい人だから」


「ありがとうございます、アドルファス王太子殿下」


 私は胸が温かくなった。


 いつもどおりで大丈夫――そう言ってもらえて少し気が楽になった。


 絶対に成功させなくては、と実は緊張していた。だけどアドルファス王太子殿下が付いていてくださると思えば、不思議と安心できた。


 大丈夫、きっと大丈夫。


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