なぜか、しんみりした良い空気になる


 メイヴィス王女殿下の件で頭を下げる父にならい、私も深々と頭を下げる。


「おふたりとも頭を上げてください」


 ルードヴィヒ王弟殿下の声が響いた。


 父と私はおそるおそる体を起こした。


「メイヴィス王女殿下がしたことで、クエイル伯爵が頭を下げる必要はありませんよ」


 ルードヴィヒ王弟殿下がそう言ってくださっても、父は恐縮しきっている。


「しかしそういうわけにも」


「本当にこちらへのお気遣いは無用ですから」


 ルードヴィヒ王弟殿下はそう断ってから話を再開した。


「とにかくそんなわけでね……メイヴィス王女殿下がクマ男の私を拒絶したため、会談は最悪の空気になりかけました。ところが、です――ディーナさんは私の醜い外見など気にも留めず、雑談を振って場を和ませ、誠実に対応してくれました。素晴らしいお嬢さんですね。私はこう思います――賢者はむやみに人を貶(おとし)めない――ディーナさんはあの場で咄嗟に機転を利かせ、客人に嫌な思いをさせないよう、賢く振舞った。一見当たり前なことのようですが、実際にそれができる人は少ないと思いますよ」


「そんなことが……」


 父は言葉を詰まらせ、隣の席にいる私を見つめた。


 父の目は微かに潤んでいて、それが私を驚かせた。


「私は……とても誇らしいよ。君が優しい子に育ってくれて、嬉しい」


「お父様」


 私も涙ぐんでしまった。


 もしも私が優しい人間になれているのだとしたら、それは父、そして母のおかげだと思った。自分ひとりで気遣いを学べるほど、私は強さも賢さも持ちあわせてはいなかったから。


 そして私の行動を『素晴らしい』と、わざわざ言葉に出して伝えてくれたルードヴィヒ王弟殿下に対し、深い感謝の念を抱いた。


 父にとっては先の言葉が、最高の励ましになっただろう――『娘は隣国に行ってもやっていける、きっと大丈夫だ』と思えたに違いないから。


 なんだかしんみりした良い空気になった。


 ――意外だったのは、ずっと毅然とした空気を纏っていた秘書のユリアが、ハンカチを目元に当てたことだ。彼女は瞳どころか、鼻の頭まで赤くして、目を潤ませている。仕事はテキパキとこなす感じなのに、涙もろいようだ。


 皆がそれを見て、なんだか微笑ましく感じ、和んだ。


 するとユリアが俯いたまま早口に、


「……私のことは、どぞ、お構いなぐ……」


 と噛みつつもなんとか伝えてきたので、私は『ギャップが可愛い』と思って、胸がキュンとした。


 そしてユリアを見つめるルードヴィヒ王弟殿下の視線――その甘やかなことといったら! 私は『ルードヴィヒ王弟殿下は本当にユリアさんが大好きなのね』と感じ、それでまた悶絶しそうになった。


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