今日はビシビシいくアドルファス王太子殿下


 一旦落ち着こう――ルードヴィヒ王弟殿下がそう促して、皆で応接セットのほうに移動をした。


 三人がけのソファに私とアドルファス王太子殿下が並んで座る。アドルファス王太子殿下はまだ少しピリピリしており、私の手を握って離そうとしない。


 その対面席にエルゼ嫗とゲオルクが並んで座る。ゲオルクはすっかり縮こまっていた。


 ルードヴィヒ王弟殿下は仲裁役のポジションで、両者のあいだ――ななめ前の席に座った。ひとりがけのソファだ。


 ユリアはルードヴィヒ王弟殿下の対面席で、左ななめ前にいるゲオルクを冷ややかに眺めている。


 ルードヴィヒ王弟殿下が口を開いた。


「それでゲオルクくん――君とエルゼ嫗(おうな)の関係は?」


「私はエルゼ嫗の弟子をしております」


「なんで先ほどディーナさんに抱き着いたの?」


「いえ、抱き着いてはいません」とゲオルク。「ギリギリ抱き着いてはいないんです、残念ながら」


 ピリッ……空気が乱れる。


 ルードヴィヒ王弟殿下は小さく舌打ちした。


「甥っ子とユリアからの圧、殺気がすごいんだよ……ったくゲオルク空気読めよお前」


 これには私もすっかり同意だった。被害者である私が怒っているというより、ほかが怒り心頭だから……。


 ゲオルク――謝るなら謝るのに徹して、「残念ながら」とか余計なことを言わないでほしい。


 ルードヴィヒ王弟殿下の口調がぞんざいになる。


「ギリギリ抱き着いていないとか、細かいところはどうでもいいから。どうして彼女に迫ったのか理由を言ってくれ」


「私は声を封じられていました。直前にエルゼ嫗から苦いお茶を飲まされたのですが、あれが原因だと思います。その上で姿を変える呪いをかけられ、部屋に閉じ込められてしまって、パニックになりました。ディーナさんは先ほど、『客間のドアノブを捻ると、グニャリと歪んだ気がした』とおっしゃっていましたね――あれは呪術的なロックがかかっていたせいです。内側からは扉が開かないようにされていた。けれど外からなら誰でも開けられる」


 なるほど……からくりを聞き、私はすっきりした。自分に解呪の力はないが、知らずに扉を開けてしまったため、呪いが破れた時の不思議な感触が手に伝わってきたのだろう。


 ルードヴィヒ王弟殿下が眉根を寄せながら話を整理する。


「ええとつまり、君はエルゼ嫗から三種類の呪いをかけられていたわけだな? ひとつ目が『声を出せなくなる呪い』、ふたつ目が『姿がペイトンになる呪い』、そして三つ目が『客間に閉じ込められる呪い』――それで合っている?」


「はい」ゲオルクが頷き、さらに説明する。「ディーナさんが入って来たので、我が身に降りかかった災難を説明したかったのですが、声が出ない――それでもどかしくなって、必要以上に近寄ってしまったんです」


 私は壁に押しつけられた時のことを思い出していた。


 そういえば彼は口を閉ざしたまま、訴えるようにこちらを見ていた。言葉が急に出てこなくなったから、パニックになってああいう行動を取ってしまったのか。


 けれどアドルファス王太子殿下は納得しない。


「一時的に喋れなくなったとしても、見知らぬ女性を押さえつけたり、キスするほど近づいたりする必要はないよね。筆談すればいいのだし」


「まあそれは確かに」


 ゲオルクがあっさり同意する。その上で続けた。


「実はですね……初め私はディーナさんを見て、エルゼ嫗だと思ったのです」


「そんな馬鹿な」


 皆の声が揃った。それで許されると思うなよ、という非難の視線がゲオルクに集まる。


 たとえば女性の胸を鷲掴みにしたとして、『てっきりオレンジだと思ったので』――それで言い逃れできるなら、世の中チカンし放題だ。


 しかしゲオルクは主張を押し通した。


「皆さんお忘れですか――私は別の姿に変えられていたんですよ! エルゼ嫗も若くて美しい女性に変化しているのかと思った」


「――いや、言っていることがおかしいよね」


 普段は細かいことにこだわらないのに、今日のアドルファス王太子殿下はビシビシいくスタイルだ。


「君さ、ディーナから良い匂いがしたとか、夢に出て来そうとか、生々しいことを言っていたよね。中身がエルゼ嫗だと思っていたのに、それでも性的興味を抱いたわけ? つまり普段から何十も年上なエルゼ嫗のことを、そういう目で見ているということ?」


 す、鋭い指摘……私は感心した。


 アドルファス王太子殿下って、やはりとても頭が良いのだわ。だけど普段あれだけのらりくらりとしているということは、日常生活ではあえて細かいことを考えないようにしているのね? 性格的に伸びやかなところがあるから、平常時は『むだなことは考えない』と割り切って、バランスを取っているんじゃないかしら。それなのに今は頭を切り替えて、細かい矛盾点を追求している――私のために。


 愛情を感じて、なんだかキュンとした。


 アドルファス王太子殿下から冷静に指摘され、ゲオルクは『うっ』という顔つきになった。


「いえ、私はエルゼ嫗にそういった欲望を抱いていません。最初はディーナさんを見て『緑の本を持っているからエルゼ嫗だ』と思ったけれど、近寄ったら良い匂いがするし、魅力的だし、触りたくなったので、『あれ? エルゼ嫗じゃないのかな?』と気づいたわけです。それで『あなたは誰ですか? 結婚してください』と言おうとして、言葉が出ないから近寄るしかなくて」


「――おい、このゴミ虫野郎――『触りたくなった』とかどさくさ紛れにキモイこと言ってんじゃないよ」


 ユリアが靴の先でゲオルクの足を蹴った。


「あ痛っ……!」


 蹴られて、なぜかゲオルクは嬉しそうな顔をしている。


 悪戯好きなエルゼ嫗の弟子をしているなんて、ゲオルクさんも色々と大変そうだと同情していたけれど、なんだかややこしそうな人だわ……私はため息を吐く。


「ユリア、蹴るのはやめなさい。君のこともいやらしい目で見だしたぞ、そいつ」


 ルードヴィヒ王弟殿下が一応注意をする。そしてゲオルクに尋ねた。


「さっき『緑の本を持っているからエルゼ嫗だ』と思った――そう言ったけれど、どういうこと?」


 ゲオルクが答える。


「ディーナさんが客間に入った時に持っていた緑の本――あれはエルゼ嫗のお気に入りなんです。大切なものだから、まさかほかの人に手渡すとは思ってもみなかったんですよ」


 あ……私は目を瞠る。今はテーブル上に置いてあるけれど、玄関口でエルゼ嫗から緑の革装丁の本を渡されたのだった。客間に持って行って、と言われて。


 皆が問うようにエルゼ嫗のほうに視線を移す。老女は肩を竦めてみせた。


「あんたたちが今何を考えているのか、なんとなく分かるよ――あたしが悪意で緑の本をディーナに持たせたと思っているね? でも違うと言っておく。ちょっとややこしいんだが、説明をちゃんと聞けば、納得できるはずさ」


「じゃあ説明してください」


「でも長くなるし、話すのは面倒だね」


「いいから説明してください、エルゼ嫗!」


 とうとうルードヴィヒ王弟殿下がキレた。


 エルゼ嫗は表情を変えずに小さく舌打ちした。カケラも罪悪感を覚えていないし、説明の義務すらないけど、という態度だ。


 どれだけ勝手なの、あなた……全員が半目になった。


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