可愛いんかーい!!!
父とアドルファス王太子殿下のじゃれ合い(?)も恒例行事になりつつあるというか、段々と慣れてきた。
そんな中、私はあることに気づく――ふたりの口喧嘩が始まると、秘書のユリアが俯き、(おそらく笑いをこらえて)プルプルと肩を揺らしながら手帳を開き、何かを一心に書き込んでいることに。
……何を書いているのかしら?
備忘録? やり取りを細かくメモしておいて、あとで読み返して楽しむ気かしら?
なんとなくだけれど、夜ベッドに寝転がったユリアが、頬杖をついて手帳を読み返し、ひとりニマニマしている図が思い浮かんだ。足をパタパタと動かし、たまに「むふふ」と吹き出していそう。
あの手帳の中身、気になるわぁ……。
そんなことを考えていると、
「そういえば、ディーナ」
横手から母に話しかけられた。
ふたりのあいだには父がいるのだが、邪魔にならないようにという配慮なのか、椅子の背に寄りかかるようにして精一杯下がってくれる。……我が父ながら、こういうところはすごく可愛い。
「はい、なんでしょう?」
「肝心の、あなたの気持ちを確認していなかったわ」
「私の気持ち?」
「あなたはアドルファス王太子殿下のことを、どう思っているの? 出会ったばかりなのは分かっているけれど、それでも彼と結婚したい――少なくとも、結婚してもいい、という気持ちになったわけよね? あなたがこの結婚にどれくらい前向きなのか、彼のことをどう思っているのか、正直な気持ちを知りたいわ」
シン……と場が静まり返る。
なんともいえない複雑な空気だ。
父はすごい顔をしていた。眉間にきつく皴が寄っているし、なんだか悲しげでもある。たとえが悪いかもしれないが、飼い主LOVEのワンコが、新たに家にやって来た別のワンコを見て、『え、僕がいるのに、そいつも飼う気ですか……?』という時の悲壮感に似ていた。
弟は目を丸くして固まっている。……姉の恋バナ……これまで遭遇したことのない事態に、すっかりフリーズ。
ルードヴィヒ王弟殿下の口角はすっかり上がっている。瞳は輝いていて、彼がこの件に強い関心を抱いていることが伝わってきた。
ユリアの瞳はキランと輝いている。目の中に星が散っていた。
そして肝心のアドルファス王太子殿下だが――彼は小首を傾げてから、感情の読めない瞳をこちらに向けてきた。温かみがあるようでいて、それでいて凪いでおり、なぜか少しだけ不安そうに見えた。……気のせいだろうか。
私は口を開きかけて、閉じる。
ああ……そうね、私……。
今、私はどういう顔をしている? 自分では分からないけれど、良く晴れた朝に、窓を開け放った時の気分よ。
私は自分でも気づかないうちに、一点の曇りもない笑みを浮かべていた。
「――私、アドルファス王太子殿下と結婚したいです」
それを聞いた母が穏やかに尋ねる。
「そう……どうして?」
「彼が優しい人だから」
「会ったばかりなのに、分かるの?」
「だって彼――この家に来てから、ずっと優しい目をしている」
「え?」
「教会で聖女判定式をしたのだけれど、ほかの人がいる時はこうじゃなかったの。だけどあの時も、私を見る時だけ彼の瞳は穏やかで――それでね、うちに来てからはもうずっと優しい。私の家族を見る時、陽だまりを思わせる目をしている。アドルファス王太子殿下が先ほどからマイルズのことを可愛がってくださっているのも、私が大切に想っている弟だから、特別にそうしてくださっているんだわ」
私は対面にいるアドルファス王太子殿下の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「――私は今日、あなたに出会えてよかった」
彼はね……嬉しそうに笑うかと思ったの。
だけどアドルファス王太子殿下は息を呑み、ぎこちなく両手を持ち上げて、手のひらで顔を覆ってしまったのよ。
指先が少し赤くなっていて。
彼が小声で呟きを漏らした。
「……嬉しい」
それを見て、私は思わず心の中で叫んだ。
『本当に照れた時は、リアクション可愛いんかーい!!!』
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