ドッキーン!
王宮の広間でロイヤルファミリーと対面した私とマイルズは、挨拶を済ませたあとで不思議な感覚を味わっていた。
なんだか初めて会った気がしない……!
緊張していたはずなのに、心が一気にほどけていく。
王宮の建築様式は荘厳でありながら緻密であり、正面(ファサード)の柱列(コロネード)は圧巻のひとことだった。美しく見事な建物に圧倒されたあとで、ヘルベルト国王陛下とジニー王妃殿下、そしてフレデリカ王女殿下に対面するのだから、あがって当然なわけだが……なぜか。
超絶美形な中年紳士であるヘルベルト国王陛下はマイルズのことを凝視しており、その瞳にはこう書いてある。
『仲間……!』
剣の達人同士は相対した瞬間、互いの力量を推し測れるという。
ふたりは剣の達人ではないが、気弱界のエキスパートとしてそれなりの経験を積んできており、だからこそ互いの佇まいに同質の何かを感じ取ることができたのかもしれない。ほとんど第六感である。
「生き別れた息子に再会した気分だ……!」
一直線にマイルズのもとへ歩み寄るヘルベルト国王陛下。
その様子を眺め、ジニー王妃殿下は自身のふっくらした頬に手のひらを当て、ため息を吐いた。
「いえ、あなたに生き別れた息子はおりません。ノミの心臓だから、愛人を作るのも無理でしょう」
一方のマイルズもヘルベルト国王陛下しか見ていない。
「生き別れた父に再会した気分です……!」
それを聞き、私は横目で弟を眺め、しっかりと釘を刺した。
「マイルズ、あなたの父は祖国にいますよ。クエイル伯爵に十七年育ててもらったでしょう」
しかし運命を感じているふたりの耳に周囲の雑音は入らない。
「会えて嬉しいよ……!」
「僕もです……!」
ふたりとも強い酒でも飲んだのだろうか……正気の沙汰とは思えないが、対面して数分と経過していないのに、しっかりハグをして涙ぐんでいる。
「楽しそうだから、僕も混ざる~」
嫉妬もせず、アドルファス王太子殿下が無邪気に混ざろうとする。とはいえ「楽しそうだから」と言っているので、若干ふざけているのかもしれなかったが。
ヘルベルト国王陛下が右腕にマイルズを、左腕にアドルファス王太子殿下を抱きしめた。全員美形なので、ブワッと薔薇の花が舞ったかのような、異常な華やかさがあった。
「アドルファス……! 私はお前のこともちゃんと愛しているからな! お前も私の息子だ!」
ジニー王妃殿下が半目になる。
「いえ、お前『も』じゃないでしょう? アドルファスこそが実の息子ですよ。ポンコツすぎません?」
くす……私がつい笑みを漏らすと、ジニー王妃殿下が人懐こい笑みをこちらに向けた。
「ごめんなさいね、ディーナさん。陛下は普段もう少ししっかりしているのだけれど、私がアドバイスしたの――『遅かれ早かれ本性はバレるから、初めから晒したほうが楽ですよ』って。とはいえ、ここまで速攻デレるとは思っていなかったわ」
「緊張していたので、温かく迎えてくださり、助かりました」
ふたり、笑顔で見つめ合った。
* * *
――この時、ジニー王妃殿下は息子の婚約者に決まった女性と対面し、『どうしてかしら……ドキンとさせられる』と考えていた。
ディーナさんはしっとりとした美女だが、圧がなく接しやすい。けれど優美さの中に凛々しさがちゃんとあり、それを中和する艶っぽさもあって、相対した者の平常心を奪う。
今王都では男装の麗人が演じる劇が流行っているのだけれど、その主役を張っていてもおかしくないくらいに、ディーナさんには不思議な魅力があった。
ジニー王妃殿下は年甲斐もなくあがってしまい、『そうだわ、娘もディーナさんと話したいはず』と考えて慌てて振り返ったところ、バランスを崩してよろけてしまった。
すると。
「――危ない!」
ディーナさんは運動神経が良いのだろう。さっと身を乗り出して、こちらの太い腰を優雅に支えてくれる。彼女はスラリとしているのに体幹がしっかりしていて、抱き留められたジニー王妃殿下は護られている気持ちになった。
ふと気づけば、至近距離にディーナさんの麗しい瞳が――そして紳士な態度で尋ねられる。
「大丈夫ですか?」
ドッキーン!
ジニー王妃殿下は頬を赤らめた。キュンと胸が苦しくなり、言葉も出ない。
すると背後から、
「お、お母様……!」
十歳の娘フレデリカ王女殿下が慌てて母の後ろに回り、ムチムチした背中を両手で支える。
するとディーナさんが微笑み、顔を傾けてフレデリカ王女殿下に視線を合わせた。
「力添えありがとうございます、フレデリカ王女殿下」
「い、いえ……! 母がそそっかしくて、すみません」
「まぁ、なんてお可愛いらしい――アドルファス王太子殿下から伺っていたとおり、素敵な妹君(いもうとぎみ)ですね」
木漏れ日のような笑みを向けられ、フレデリカ王女殿下もドッキーン! となり、いちころ。
フレデリカ王女殿下は母に似て、ポッチャリ体型が悩みの種だった。母から聞いたのだが、これは『丸顔の呪い』というらしい。自分も母もこの『丸顔の呪い』から逃げられぬ運命で、努力してウォーキングで数キロ痩せたとしても、頬がふっくらしているせいで誰にも体重の変化を気づいてもらえない。
同年代の男の子たちは身分の差を気にして口には出さないものの、フレデリカ王女殿下を見ると、視線にはっきりと『これはナシだな』という感想を浮かべる。そしてそれを隠そうともしない。
女の子の場合はもっと闘争的で、表面上は丁寧に話しかけてくれるけれど、『これで王女?』と値踏みするような視線を向けてくる。
けれどディーナさんは違う……こちらを見る目に慈しみの心が溢れているし、それに何より、これまでに出会ったどの紳士よりも格好良い……!
ジニー王妃殿下とフレデリカ王女殿下はポーッと頬を赤らめ、無意識のうちに胸の前で両手の指を組み合わせていた。
* * *
広間の壁際に下がり事態を静観していたユリアがポツリと呟きを漏らす。
「私、未来視の能力があるかもしれません……上流社会の明日が頭に浮かびました」
虚無の空気を纏って事態を静観していたルードヴィヒ王弟殿下がポツリと応じる。
「言ってごらん」
「ディーナさんに熱狂的な追っかけ集団ができます。構成員は全員淑女でものすごい数です。彼女たちは王宮に大量の花を贈りつけてきます。私はその花々を転売し、儲けを児童養護施設に寄付するんです」
「良いことだ」
「ああ……私のディーナさんが、皆のディーナさんに……感慨もひとしお」
「私からひとつ言わせてもらうなら、元々君のディーナさんではない」
しんみりした沈黙が落ちる。
やがて。
ふたりは男三人で固く抱き合うヘルベルト国王陛下たちに視線を転じた。
「………………」
「………………」
互いにコメントはなしだった。
ユリアとルードヴィヒ王弟殿下、ふたりの視線は凪いでいる。
抱き合うヘルベルト国王陛下たちを馬鹿にするでも、笑うでもなく、ただ凪いだ視線で眺めるのだった。
そのまま時間だけが過ぎていった。
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