お兄様のケチ~。独占欲丸出し~


 夜になり、私とマイルズは晩餐の席にお呼ばれした。


 大国の国王陛下と同席するのだから、緊張するのが普通ではあるのだが、なぜか……。


 入室するなりアドルファス王太子殿下が、


「マイリーくんがこの席に座ってよ」


 と椅子を引いてマイルズを誘導した。


 これにより私は少し冷や汗をかくことに。目下の者に椅子を引いてやるという王太子にしては気さくがすぎる行動――しかし問題はそこではない。


 アドルファス王太子殿下が示した席は、ヘルベルト国王陛下の左斜め前――正妻であるジニー王妃殿下の対面席だったからだ。


 そこは本来アドルファス王太子殿下の席だと思うし、マイルズが座るのは不自然である。


「え、でも」


 マイルズはオロオロして尻込みしていたのだが、上座のヘルベルト国王陛下がとんでもなく嬉しそうな笑みを浮かべ、


「いいのかい? マイルズくんと近くでお話できるの、嬉しいなぁ」


 そう無邪気に言われてしまっては断れるわけもない。


 マイルズは照れながら、


「す、すみません、それではお邪魔いたします」


 立場的に承諾するしかなかった……いや、するしかなかったというか、マイルズも頬を赤らめてモジモジしており、相思相愛なのは明らか?


 私は『相思相愛……てだめじゃない? 放っておいていいのかしら』と若干の不安を覚えた。チラリとジニー王妃殿下を眺めると、おっとりと微笑んでおり、まるで怒ってはいない様子なので、とりあえずホッとする。


 するとジニー王妃殿下がこちらに顔を向けて瞳を輝かせた。


「ねぇ、ディーナさんは私の隣にいらっしゃらない?」


 私は驚いた。


 ジニー王妃殿下の隣には、すでにフレデリカ王女殿下が着席していたからだ。


 そこで私は「フレデリカ王女殿下がいらっしゃるので」と辞退しようとしたのだが、当の王女殿下本人がサッと席から立ち、


「あの、あの、ディーナ様、この席にお座りください! 私はひとつずれてディーナ様の右隣に座っていいですか? お隣がいいのです」


 頬を赤く染めて一生懸命訴えるので、私は『可愛い♡』と思ってにこりと微笑みかけた。


 なぜかフラつくフレデリカ王女殿下と、無関係なはずのジニー王妃殿下。


「大丈夫ですか?」


 具合でも悪いのかしら? 心配になってしまう。


「だ、大丈夫です……! さぁどうぞこちらへ!」


 元気な返事が来たので体調不良などではなく、ただよろけただけのようだ。


 私が安心してそちらに向かおうとした瞬間、アドルファス王太子殿下がこちらの手首の上あたりを握って引き留めてきた。


 ドレスの袖の上から軽く触れた程度で、ほとんど力は入っておらず、彼らしい気まぐれな動作だった。


「アドルファス王太子殿下?」


 振り返ると、彼がこちらを見つめている。相変わらずのポーカーフェイスだけれど、どこか雰囲気が艶っぽく感じられるのはなぜだろう。


「ディーナ、浮気はだめだよ」


 何を言うかと思えば……私はくすりと笑みを漏らす。


「私が誰と浮気をするというのです?」


「僕の母と妹」


「私があなたの母君(ははぎみ)と妹君(いもうとぎみ)と仲良くするのは良いことでは? それは浮気になるのですか?」


「ちょっとジェラシー」


「……ヤキモチを焼くアドルファスくんは可愛いですね」


 小首を傾げてからかうようにそう言ったら、アドルファス王太子殿下が微かに瞳を細めてこちらをぼんやりと見つめ返してくる。


 まどろむような不思議な空気だった。まるでふたりの周りだけ時間がゆっくり流れているみたい。


 ふと横手から視線を感じた私が顔をそちらに向けると、全員が少し前のめりになってこちらを凝視していた。


 それぞれがなんとも形容しがたい表情を浮かべていて、『無の境地』のようでもあり、『煩悩まみれ』のようでもある。


 彼らのこの複雑怪奇な表情を自分たちが引き出したのだと思ったら、恥ずかしさで居たたまれない。


「……すみません」


 小声で俯きながら謝る。


 するとユリアがゴクリと唾を飲んだ。ユリアは秘書の立場だが、ルードヴィヒ王弟殿下の婚約者なので晩餐の席に客人として呼ばれているのだ。


 ユリアが掠れた声で呟きを漏らす。


「も……もっと見たかった……」


 え? 私が戸惑っていると、別の一角でジニー王妃殿下とフレデリカ王女殿下がヒソヒソ。


「もっと見たかったわね……」


「麗(うるわ)しいです……もっと見たかったなぁ」


「お金なら払うのにね」


「お母様、そういう問題ではありません」


「じゃあ何を払えば続きを見られるの?」


 アドルファス王太子殿下がやれやれと半目になる。


「皆、下世話~」


 珍しくまともなことを言うアドルファス王太子殿下。


 ところが普段は大人しいフレデリカ王女殿下が、兄に対してはちょっとだけ辛辣なところを見せる。


「お兄様、皆の前でディーナ様とイチャイチャするからですわ」


「でも僕のディーナだから」


「その言い草はひどいです。皆のディーナ様です」


「ひどくないよ、フレデリカ。僕だけのディーナなんだ」


「お兄様のケチ~。独占欲丸出し~」


 あら、油断すると兄妹でたまに口調が似るのね、可愛い……♡


 私はくすくす笑い出してしまう。


 するとフレデリカ王女殿下の顔が真っ赤になった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る