アドルファス王太子殿下、ペイトンを語る


 問題の木箱は宝箱のような形をしている。奥側に蝶番(ちょうつがい)がついていて、手前側に錠がある。


 アドルファス王太子殿下の怒りに反応して鍵が壊れたので、あとは蓋を押し上げるだけ。


「――いくぞ」


 ルードヴィヒ王弟殿下が緊張の面持ちで蓋を持ち上げた。


 すると。


「………………」


「………………」


「………………」


 皆、中身を見おろして、しばし無言になった。表情も無だ。


 やがてユリアがイラッと眉根を寄せた。


「え、また中に箱? 馬鹿にしている?」


 そう――箱を開けたら、また中に箱が入っている。


 外箱に呪術的な鍵をつけ、アドルファス王太子殿下の怒りに反応するような特殊な仕かけにしておき、やっと開いたと思ったら、また箱――いい加減にしろと言いたくなる。


 エルゼ嫗がため息を吐く。


「これさ、入れ子構造になっているとしたら、『もの』が出てくるまで、何回繰り返せばいいんだい?」


「――待った」


 何かに気づいたらしいアドルファス王太子殿下が、箱の中に手を突っ込み、何かを取り出した。


 ――紙片だ。


 箱と箱のあいだに挟まっていて、ちょっと上から見ただけでは分かりづらいのだが、よく気づいたものだ。


 紙片には前と同じで古代文字が書かれている。


 ルードヴィヒ王弟殿下が訳しながら読み上げてくれた。


「タイムリミットは十三日後になった。一日減ったよ。ディーナとの愛は順調に深まっているかな? さて――以前私はタイムリミットまでに、三つの試練を用意すると伝えておいたね。ひとつ目の試練はどうだった? ペイトンくん――久しぶりに彼の顔を見てびっくりしたかな? そうそう――今回は私のお遊びだったわけだけれど、ペイトンくんはまだディーナのことが好きかもしれないよ? ずっと熱烈に愛しているのかも。そうなると、ペイトンくんとアドルファス王太子殿下、ディーナへの愛が深いのはどちらかな?」


 途中で読むのが嫌になったのか、ルードヴィヒ王弟殿下がげんなりした様子で黙り込んだ。


 人の気持ちをなんだと思っているのだろう……私は不快に感じたし、納得もいかなかった。


「ペイトンさんは昔から私のことを愛していなかったわ……アロイスは何も分かっていない」


 私は皆から同意してもらえると思っていたのだが、なぜか沈黙が返ってくる。


 戸惑ってアドルファス王太子殿下のほうに顔を向けると、彼が少し困ったようにこちらを見ていた。表情にはそんなに出ていないが、明らかに困っているようだ。


「アドルファス王太子殿下?」


「ディーナ……」


「え、何?」


「あのさ、僕が君のことを大好きなのは、さすがに伝わっているよね?」


 どうしてこの流れでそんなことを訊くのだろう?


 私は赤面した。


「伝わっているわ……」


「よかった」


「何がよかったの?」


「いや、いいんだ」


 本心からの「いいんだ」に聞こえない。問うようにアドルファス王太子殿下を見つめると、彼が考えを述べた。意外なほど真面目な口調だった。


「人の気持ちは本人に聞いてみないと、本当のところは何も分からないんじゃないかな。ペイトンの気持ちはペイトンにしか分からない。本人がいないところで他人がそれを推し量って語るのは失礼なことかもしれないし、正直……彼の内面を知りたいとも思わないかな」


 確かに……皆がその意見に納得したようで小さく頷いている。


 アドルファス王太子殿下は普段なんの生産性もないことを言う時と、ちゃんとしている時のギャップがすごい。


 なんとなく皆しんみりした気持ちになった。


「――さぁそれではメッセージの続きを読むぞ」


 ルードヴィヒ王弟殿下が仕切り直す。


 紙片を眺めおろしながら、古代語を訳してくれる。


「次の満月の晩にこの箱を開けよ。時が来れば鍵は壊れる。ふたつ目の試練は『選択』――正しい答えを選べるかな? 頑張って」


「鍵か――僕の力で解呪できないかな」


 アドルファス王太子殿下がそう言って、木箱に手を伸ばす。


 外箱から中に入っている内箱を取り出し、テーブルの上に移す。取り出した内箱は外箱と同じ形状で、大きさだけがひと回り小さい。


 そしてやはり正面に鍵がついている。


 アドルファス王太子殿下が手をかざし、解呪を試みた――けれど弾かれてしまう。


「……縛りが強いな」


 アドルファス王太子殿下が呟きを漏らす。


 それを聞きルードヴィヒ王弟殿下が眉根を寄せて木箱を見おろしたあとで、案ずるように甥っ子のほうへ視線を移した。


「だめか?」


「だめです。メッセージに『時が来れば開く』とあるから、待つしかなさそう。外箱のほうは僕の怒りが鍵を壊したけれど、内箱の鍵は時間経過により自然と壊れる仕組みのようですね」


「それにしても……お前が呪いを解けないなんて、滅多にないことだよな。考古学的遺物の中でも、これまで力が及ばなかったのは、たった数点しかなかった。やはりアロイスは神か悪魔なのかも」


「だけど、なんか」


 違和感を覚えたように、アドルファス王太子殿下が小首を傾げる。


「どうかしたか?」


「うーん……十年前に会った時は、アロイスに対して『圧倒的だな、勝てない』と思ったんです。でも僕が大人になったせいか、そこまで勝てない相手という気もしないかも」


 えー……!


 全員がギョッとしてアドルファス王太子殿下を見つめた。


 嘘を言わない人なので、今の発言はすべて本心だろう。盛ってもいないはず。


 ……そうなるとまた、別の問題が出てくるような気もする。


 人の器で神の領域に届いてしまうとしたら、それはそれで大丈夫なのだろうか……?


 仲間たちはマジマジとアドルファス王太子殿下のポーカーフェイスを眺め、『あー……でも常軌を逸した変人だから普通に大丈夫なのかも』と、かなり失礼な感想を抱いた。


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