4.猫紳士キャンディ編
マイリーくん、お揃いの三角の帽子かぶる~?
隣国での生活もだいぶ慣れてきた。
アドルファス王太子殿下は「早く君と結婚したいな」と可愛く気持ちを伝えてくれるのだけれど、私は婚約している今の状態が心地良くて、まだしばらくこのままでもいいかなと思っている。とはいえ結婚式の日取りはすでに決まっているので、「早く」「まだ」と両者の思いに開きがあったとしても、その日が来ればふたりは結婚するわけだが。
――ある晴れた日の昼下がり、私は日記を手に取り、それに目を通し始めた。
ペイトンと婚約していた頃はつらいことが常に起こっていたので、日記は書いていなかった。悲しかったことを紙面で残すのが嫌だったから。
けれどアドルファス王太子殿下と出会い、私は日記を書き始めた。つまり書き始めたのは最近なので、まだあまり溜まってはいないのだけれど、読み返すとどのページも刺激的で楽しい。
時系列的に、直近から遡っていく――少し前に、塩湖浄化の件ではとても苦労したわね。けれどアドルファス王太子殿下や仲間と乗り越えたあの出来事は、苦労であっても不思議と愛おしく思えた。
さらに遡る。
実家を出て、隣国を目指して旅をしていた部分――……私はあるページで紙面をめくっていた手を止め、くすりと笑みをこぼした。
ああ……こんなこともあったわね……。
日記の記載が呼び水となり、『猫紳士キャンディ事件』が私の脳裏に鮮明によみがえった。
* * *
南回りのルートで隣国へ向かう途上。一日目。
一行は街道沿いの大きな町で一泊することになった。
先に宿に立ち寄り、部屋を押さえたあとで、近くにある大きな食堂に向かう。少し早めの夕食をとるためだ。
食堂に入ると、まだ早い時間なのに、活気があって賑やかだった。
頑丈そうな大テーブルを囲み、一同着席する。
席順は、私とマイルズが隣同士。
その対面に、秘書のユリアとルードヴィヒ王弟殿下が並んで座った。
アドルファス王太子殿下は、皆の斜向かいにあたる家長席(?)だ。
「さて」
年長者のルードヴィヒ王弟殿下が切り出す。
「宿の部屋、結局三室だけ取れたんだが、部屋割はどうする?」
ちなみに一行は少数精鋭の護衛や使用人を連れているが、その人たちはあるじの部屋に滞在する者を除き、別の部屋を確保してある。
――三室。では……。
なぜかほぼ同時に、ルードヴィヒ王弟殿下以外の全員が口を開いた。
「では私は弟のマイルズと」
「じゃあ、僕は姉さんと」
「私はディーナさんと♡」
「僕、マイリーくんとお泊り~」
……ん、なんて?
ゴチャゴチャッとなり、全員が真顔で顔を見合わす。
一拍置き、また懲りずに全員が同時に口を開いた。
「私は弟と」
「僕は姉と」
「ディーナさん、ぜひ同室で♡」
「マイリーくん、お揃いの三角の帽子かぶる~?」
「おい、順番に喋れ」
司会役のルードヴィヒ王弟殿下が半目になる。
「あのさぁ君たち、このくだり、何度繰り返す気? 会話はもっと譲り合おうね? 僕、結構『変な人』って言われてきた人生なんだけどさぁ……君らといると、自分がすごく常識人なんじゃないかと思うわぁ」
「叔父上」アドルファス王太子殿下が澄んだ青い瞳を叔父に向けた。「さすがにそれはないです。自己評価高すぎ」
秘書のユリアも冷徹にルードヴィヒ王弟殿下を眺めた。
「ええ、図々しいです」
私とマイルズは何も言わなかったが、『確かに、それはないかな』とこっそり考えていた。
「……なんなの、この子たち、悪魔?」
ルードヴィヒ王弟殿下は小声で不満を漏らしてから、
「まったくもう――ええと、整理すると、ディーナさんとマイルズくんは、姉弟で同室を希望、と」
「はい」
「ユリアはディーナさんと同室がいいの?」
「ええ」ユリアは瞳を爛々と輝かせ、いつになくアグレッシブである。「ディーナさんの寝間着(ねまき)姿が見たいです。同室が無理なら、寝間着姿だけ見せてください」
「……どういう願望? なんか変質者の香りがする」
ルードヴィヒ王弟殿下はそれを聞きドン引きしている。
彼はため息をついてから、甥っ子のほうに視線を移した。
「で、アドルファス――君はマイルズくんと泊まりたいの?」
「いえ、マイリーくんです、叔父上。失礼になっちゃうので、名前だけは気をつけて」
「いや、正式名はマイルズくんで合っているだろ。なんで僕が間違っているていなんだよ」
ルードヴィヒ王弟殿下は意外と律儀に全部突っ込んでいくスタイルのようだ。
「それで、なんで君、マイルズくんと泊りたいの?」
「ディーナの父上――あ、違った――パピーに『ディーナとイチャイチャしちゃだめだよ』って言われましたもので。でも僕は彼女と仲良くしたい――そうなるともう折衷案(せっちゅうあん)で、ディーナによく似ているマイリーくんと過ごすしかありません」
聞いていた私は小首を傾げ、思わず口を開いていた。
「アドルファス王太子殿下――うまいこと言い訳してますけど、単にマイルズがお気に入りだから、ずっと一緒にいたいだけでは?」
アドルファス王太子殿下がガーン――……とショックを受けた顔をしている。
「ディーナに浮気を疑われてしまった……!」
「ね、姉さん!」
マイルズが私の袖を引っ張ってくる。
「僕がアドルファス王太子殿下と親しくしても、姉さんへの裏切りとかじゃないですから!」
マイルズが『この話題恥ずかしい……!』とばかりに真っ赤になって、キュッと両眼を閉じて一生懸命訴えてきたので、私はなんだかキュンとした。
やだもう……うちの弟、可愛い♡
話がまとまりそうにないので、ルードヴィヒ王弟殿下が解決策を提示した。
「――アドルファス、君は私と同室でどうだい? クエイル伯爵家の姉弟で一室、ユリアがひとりで一室使えばいい」
するとアドルファス王太子殿下が悲しげに眉尻を下げた。
「叔父上と同室? ……超ブルー」
「なんなの君、ひどくない? まだ小っちゃかった頃、『叔父上大好き~』とキラキラした笑顔で言ってくれた、あの天使はどこ行った?」
ルードヴィヒ王弟殿下は甥っ子に拒絶され、地味に傷ついたようだ。
* * *
この一時間後――。
ルードヴィヒ王弟殿下が怪しさ満点の謎アイテム、『猫紳士キャンディ』を取り出して、この食堂の空気をカオスに変えることになるのだが……。
そのきっかけは、食堂に嫌味なマウント男、ウィンダムがやって来たことだった。
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