恋人の父親って、自分の父親扱いしたらだめでしたっけ?


「マイルズくんは、なんだか私の兄に似ているなぁ」


 ルードヴィヒ王弟殿下がしみじみとそんなことを言い出した。


 え……私の兄、ということは、隣国のトップが? マイルズに似ている?


 これを聞いた私は仰天したのだが、父は戸惑いを覚えたようだ。


「あの、私は二十数年前にご本人とお会いしたことがありますが、威厳があって立派な方だという印象を受けました。息子のマイルズとはだいぶタイプが違ったような……?」


「二十数年前……」ああ、という顔つきになるルードヴィヒ王弟殿下。「そうか、先代の聖女が決まり、兄がこちらの国にやって来た時ですね?」


「ええ」


 父が頷く。


 新しい聖女は二十年周期くらいで規則的に現れる。先代の聖女は子爵令嬢で、ふくよかでおっとりした女性だったらしい……若輩者のディーナが知っているのは、このくらいの情報しかない。


 父がこちらを横目で眺め、少し説明してくれた。


「私は聖女になったご令嬢と面識がなかったので、彼女の嫁入りは身近な出来事ではなかった。それでもふたりが顔合わせしたパーティーのことは鮮烈に覚えている」


「何かあったの?」


「当国を訪問した隣国の国王陛下――当時は王太子殿下だったが、彼は切れ味の鋭い美形で、周囲を圧倒するような覇気があった。対し、聖女に決まった令嬢は非常におっとりしていてね……ふたりは真逆のタイプだなと衝撃を受けたんだよ」


 ええ……『切れ味の鋭い美形』というなら、マイルズとはまったく違うわよね? マイルズのどこを探しても『切れ味の鋭さ』は見つからないもの。


「――兄のあれは、表向きの顔なんですよ」


 ルードヴィヒ王弟殿下が悪戯に口角を上げる。


「表向きの顔?」


 尋ね返す父はまだ怪訝そうだ。


「そう――なめられてはいけないので、対外的には威厳のある君主の役を演じている。けれど実際の兄はものすごく神経細やかで、なんでもクヨクヨと悩む性質(たち)でして」


「そうでしたか」


「だけど神経細やかなのは、短所ではないと私は思っています。それは裏返せば、思慮深く、優しいということですからね。兄は皆にとって理想の君主です。賢く、優しい王様――下にいる者は全力で支えたくなるんですよ。幸い、弟の私が図太い性格をしているので、兄が苦手とする部分を補うことができる」


「君主を敬えるのは、この上ない幸せですね……羨ましい」


 父はつい気が緩んだらしく、ポツリと呟きを漏らした。そしてすぐにハッとして身じろぎした。


 私も聞いていてヒヤリとした。当国の現体制に不満があるようなことを匂わせてしまうのはさすがにまずい。


 とはいえ私は目の前にいる隣国の人たちを信用している。こちらがマズイことをうっかり漏らしても、それを悪用されることはないだろう。だからこそ父も気が緩んだのだろうけれど。


「叔父上の言葉を聞いて、合点(がてん)がいきました」


 ここでアドルファス王太子殿下が口を挟んだ。顔には優しい笑みが浮かんでいる。


「マイリーくんを見ていて、なんだか妙に親近感を覚えると思ったら、父に似ていたからか……もしかして前世で恋人か何かだったのかと思った」


 当のマイルズはそう言われて、どうしていいか分からず、ドギマギしている。


 私はそんなマイルズを見て、『アドルファス王太子殿下がぶっ飛んだ性格をしているということにまだ気づいていないだろうから、いきなり距離を詰められて相当ビックリしているだろうな』と同情した。


 そして一度グイグイモードになると、一切手加減しない(?)アドルファス王太子殿下が、またここで問題発言をする。


「そうだ、マイリーくん――愛称を選ばせてあげるよ」


「は、あの……選ぶって?」


「『マイリーくん』と『パピー』、どっちで呼ばれたい?」


「ん…………?」


 一拍置き、マイルズが『ヘルプ!』という顔で私のほうを見てきた。


 私はそっと首を横に振ってみせた。


「どちらかマシなほうを選びなさい、マイルズ」


「普通にマイルズと呼び捨てじゃだめなんでしょうか」


「たぶん無駄だと思うけれど、伝えてみたら?」


 慈悲深い気持ちで私がそうアドバイスすると、マイルズはふたたびアドルファス王太子殿下に向き直った。


「あのぉ……マイルズとお呼びいただければ」


「じゃあ『マイルン』は?」


 うわぁ……悪化しましたよ。私が『二択を提示されたのに、選ばないからよ』という目で弟を眺めると、マイルズはがっくり肩を落として抵抗を諦めた。


「う……やっぱり『マイリーくん』がいいです。『パピー』はさすがにちょっと……」


「OK~」


 アドルファス王太子殿下は端正な見た目なのに、緩~い返事。


 混乱しすぎて、マイルズの目が死んだ。


「ちょっとよろしいですか」


 アドルファス王太子殿下に対して若干当たりの強い父が、これらのやり取りを見かねたのか、平坦な早口でツッコミを入れる。


「アドルファス王太子殿下――あなたは自分の父親を『パピー』と呼んだらどうです?」


「え? 僕がクエイル伯爵を『パピー』と呼ぶのですか?」


「いや、なんで私なんだよ! 君の脳味噌どうなっているんだ」


 お父様、くれぐれも言葉遣いに気をつけて……聞いていた私はハラハラした。


 今日、何度目だろう? このふたりが会話をしていると、高所で綱渡りをさせられている気分になる……!


 ところが、アドルファス王太子殿下はまるで緊張感がない。


「だってあなたが、父親を『パピー』と呼べと言うから」


「私は君の父親じゃないだろ!」


「だけどあなたは『妻の父親』ですよね?」


「はあ? 妻あ? 何言ってんの? ディーナとはまだ結婚してないでしょうが」


「そうか……でも、あれ? 『恋人の父親』って、『自分の父親』扱いしたらだめでしたっけ?」


「だめに決まっているだろ、図々しい!」


 やだもう――ストップ、父!


 私の願いは届かず、父はものすごく前のめりになっている。


「ていうか娘のディーナとはまだ付き合っていないですよね? 恋人ですらないのよ、君は! 今日会ったばかりの、現状、赤の他人ですから!」


「はいはい」


「なんなんですか、その『やれやれ』みたいな感じ……今夜中にディーナに嫌われてしまえばいいのに」


 大人げない父。


 私が眉尻を下げてやり取りを見守っていると、横からクイ、と袖を引かれた。


 見ると、マイルズが子犬のように怯えている。


「あの、姉さん……僕は頭が変になったんでしょうか」


「どうして?」


「父は、大国の王太子殿下にあんなぞんざいな口をきいて、なんで大丈夫なのでしょう? 僕が知らないうちに、不敬罪って撤廃されました?」


「ほんと謎よね……私もどうしてあれらの言動がセーフになるのか、ずっと不思議で仕方ないの」


 結局また懲りずに、コソコソと内緒話をする姉弟であった……。


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