メイヴィス王女は国の恥


「待て、待て」


 ふたたびルードヴィヒ王弟殿下が割って入る。さすがにこれは放置できないと思ったのだろう。


「クエイル伯爵、私の口から経緯をお話しします。順を追って説明しますので長くなりますが……最後まで聞いていただければ、そんなひどい話でもないので」


「……だといいのですが」


 そう答えた父であるが、眉間の皴は消えていない。


 ルードヴィヒ王弟殿下が説明を始める。


「先ほど教会で行われた『聖女判定式』のオマケで、クマ男のようだった私の外見が、浄化により今の姿に戻ったのをご覧になりましたよね?」


「ああ、はい。そういえば――娘のディーナが聖女の力を持っていないなら、あれは?」


「あの浄化も甥のアドルファスが行いました」


「そうでしたか」


「ただ、私がこちらの王宮に着いた時は、アドルファスがまだ合流していなかったので、あのモッサリしたクマ男のままメイヴィス王女殿下と面談することになったのです。その場にはディーナさんも同席していました」


 それを聞いた父がチラリとこちらを見た。


 国王陛下からの依頼だったので、父ももちろん、私が会談に同席したのは知っている。私は頷いてみせた。


 ルードヴィヒ王弟殿下が続ける。


「クマ男と対面したメイヴィス王女殿下はひどい態度を取りました。こちらに視線を合わせることは一度もなかったし、嫌悪の感情を隠そうともしなかった。私を他国の王族どころか、ひとりの人間として見る努力すらしなかった」


「当国の王女が大変な無礼を――誠に申し訳ございません」


 父が恥じたように頭を下げる。詫びを入れた声が微かに震えていたので、ひどく動揺しているようだ。


 私は父の心中を察した。


 教会でのメイヴィス王女殿下の振舞いを見て、参加者たちは彼女の子供じみた部分を初めて目(ま)の当たりにすることとなった。彼女が長いあいだ引きこもっていたせいで、本人が重大な問題を抱えていることを誰も把握しておらず、皆一様に衝撃を受けたようだ。


 なぜそんなことがまかり通っていたかというと、国王陛下から「娘は体が弱い」と説明されていたためだ。メイヴィス王女殿下の兄ふたりが優秀であったので、臣下としては国王陛下と揉めてまで、末娘の状態を把握しようとはしなかった。


 一度『病弱だから無理はさせられない』設定を受け入れてしまったせいで、メイヴィス王女殿下に関しては、その後もすべての処遇が甘くなった。「怖がりで引っ込み思案」と聞かされても、普通なら「いや王女なのにその言い訳は通用しない、それなら王家から離脱すべきでは?」という議論になってもおかしくないのに、「体が弱く社交経験がないから、怖がりなのも仕方ない」と流してしまう癖がついた。


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