第30話 死後の世界と生還のデザート。

「よう、アルフォート、お前も死んだのか」


 話しかけてきたのは、キャジの声だった。


「よくも食い殺してくれたな」


 そこは不思議な空間だった。

 明るく暗い。

 白く黒い。

 そしてあやふやな、輪郭だけがキャジを示している。


「ぉい、聞いてんのか? あ? 手を出せないからって黙ってんじゃねーぞ?」

「あぁ、聞こえています。大変、美味しかったです」

「罪の気持ちとか先に来ない訳か、おらぁ?!」

「すいません、料理人ですから……それに自業自得ですよね。

 もう、ステアと共にあると最初にきめたんで罪の意識はありますが、弁解するつもりはありません」


 言い切る。

 そうすると、キャジの輪郭が消えた。

 次は僧侶だった。

 同じことを問答し、味の感想が変わっただけだ。

 少しお香臭かったと。

 次は魔法使いだった。

 同じことを問答し、味の感想が変わっただけだ。

 少し加齢臭がしたと。

 次は盗賊だった。

 同じことを問答し、味の感想が変わっただけだ。

 少し貧乏臭がしたと。

 次は戦士だった。

 同じことを問答し、味の感想が変わっただけだ。

 少し獣臭い味がしたと。

 最後の一人が消えると、そこには大きな門があった。

 その門は金色に輝き、同時に中からあふれ出す黒い油がぎらついている。


「なんだ、あの黒い油は……」


 本能的に不気味さを覚え、食用では無さそうだと感想が湧くのが、アルフォートらしいところだ。

 その黒い油たちがアルフォートを持ち上げようとする。

 

 ――だが、ペロリ。

 

 食べずに判断することは料理人としての矜持が許せなかった。

 そして試した。


「いや。でも、得ても言えぬ香味があって使えそうだ……美味しい。

 東側の醤油に似てる? いやでも甘味があって辛さもあって……のど越しは最悪だけど……それさえ何とか出来たら」


 当然のように空間魔法で瓶を取り出すアルフォート。

 捕まってはかなわぬと舐められた油達が逃げる。

 想定外の反応だったらしい。

 その時、目が覚めるような感覚を覚えたアルフォートが瞬きをすると、


「アルフォートぉ……!」


 ステアが涙ながらの姿で映る。

 小さな体で体全体を使って、地面を背にしているアルフォートに抱擁をする。


「死んだのじゃ、二人で……でも、ステア、一人で寂しくかったのじゃ。

 そこにぞわぞわっとする油のようなものが……!」

「どうどう……今、生きてるからね。

 どうやらちゃんと僕ら二人も蘇生してくれたみたいで、ありがとうございます」


 魔王にペコリと頭を下げるアルフォートは冷静沈着だ。


「ほう、そこのドラゴンとは違い、冷静で礼儀もあるのうアル君は。

 礼には及ばぬ。どうだったかのう? 死後は」

「気持ち悪い油が……襲ってきて、払っても払っても……」


 とビクビクしながらステアが言うが、アルフォートは今一つ同意できずにいた。

 何故ならば、


「ぇ? 美味しかったけど? 人間よりも」

「「「「は?」」」」


 魔王様も含め、周りにいた、オークジェネラルとミーアとステアが驚いた。

 成程、ここにいる蘇生経験者は四名かと、アルフォートは上半身を上げながら場違いな事を考えていた。


「普通に舐めたら得て言えぬ香味が良くて、瓶に捕まえようとしたら逃げられちゃいまして」


 その言葉に、


「アルフォート……今度、あったらステアも舐めてみる!」


 ステアだけはしゃぎ、他は神妙な顔をしている。

 アルフォートが憑き物の落ちたかのようにさっぱりしていているので、


「アルくんや死の概念が恐れるとは、何とも豪胆な」

「アルフォート、気が振れてないかにゃ、蘇生大丈夫にゃ?

 メディーック! 正気に戻す魔法も使うにゃー!」

「このモノ、普通ではありませぬぞ!」


 再びオークプリーストが、ステアとアルフォートを囲み、呪文を唱え、


「「「「「かの者らに正気を!」」」」」


 光るが特に効果はないような気がするアルフォートであった。


「ククク、いい土産話が出来たな。

 死の味は得ても言えぬ香味とな……テーアあたりが聞いたら自殺して実験しかねんな。

 それにまさか、死んでいる最中に空間魔法が使えるとは」

「やめてくださいにゃ、テーアなんか死んだら何を閃くか判らないんで。

 というか魔力量的にそのまま死にかねないんで言わないでくださいにゃ」

「存外、この世界の論理を分解するかもしれんぞ⁈」

「それ世界崩壊まっしぐらですにゃ……」

「ミーア、また何か隠しておるのか?

 お主は言わぬことが多すぎる」

「いえませんにゃ……これだけは魔王様にでも、ミーの蘇生術にかかわる秘密なので……魔王様が死んだ場合にもつかいましたにゃ……」

「しょうがないのう」


 じゃれあっている魔王とミーアを尻目に、アルフォートは考えを戻しつつある。

 料理がしたいと。

 あんだけ美味しい油を食べれたんだ、今なら何か作れそうな気がする。

 だから、アルフォートは、


「あと残りの四、魔王様が俺の料理を気にいるか、気に入らないかで決めませんか?」


 こう提案した。

 その言葉に周りが眼を点にして黙り込む。

 それを爆発させたのは、


「……ぷ、クハハハハ!

 このモノ正気か?

 やはり蘇生に失敗したか⁈」


 やはり魔王様であった。


「正気だとはおもいますにゃ……」

「アルフォートなら大丈夫じゃ!

 いつものアルフォートなのじゃ!」


 正気で狂っていると言われていると感じて心外に思うアルフォートは、擁護してくれるステアは可愛いなぁ状態になる。

 何故ならば、本人は本心で申し上げているのだから。


「なら、甘味。

 甘味を出してくれ。

 少し運動したのでな、甘いものが欲しい」

「心得ました。

 パティシエは持っていないので、そこらへんはご配慮をば」

「ミーアからスキルの内容は聞いておるから配慮などせぬ、だから言った。

 本気で作れ」


 と言われるが何故か、アルフォートは出来る気がする。

 死に触れて、何か身体が変わったような気がする。

 例えば、アイスクリーム。

 そのレシピは覚えていたが、作ったことはほぼ無い。

 だが、今なら完璧に作れる気がする。

 とりあえず、出すのは大きな氷。


「なら、こうでしょう」


 ふわふわの黄色の髪はスイーツのモンブランを思い出させ、黒いドレスがチョコレートのように彼女を着飾っている。

 この言葉の通り、バニラアイスに着飾ってみる。

 出来上がったのは、


「魔王様のアイスです」

「ほう……大胆不敵にも我の姿を模したアイスか、良い心掛けと工夫と観る。どれどれ味の方は……なんじゃこれは……⁈」

「何を作ったのじゃアルフォート?!」


 ステアに言われて、仕込んでおいた同じモノを彼女にも渡す。


「アイスの中身に練乳を仕込んで、相当甘くしたんだ。

 その分、逆にチョコとモンブランの甘さは控えめにして、口直し用に……というのは方便で、チョコとモンブランはベースを肉にかけるソースの応用で作ったから料理スキルと経験でやった部分が大半だ」

「あぁ、止まらぬ、甘さときて、苦味、渋みの濃さが広がって、また甘さが来る……!

 すごいのう、アル君は!」

「なんじゃこれは、ほんとに、味が波を作っている……!

 アルフォート、いつの間にアイスなんぞ作れるように⁈」


 驚きをアルフォートに向ける少女二人。

 外面の年相応な反応で、二人が恐ろしい魔王であったり、竜の化けた姿であることをオークたちですら忘れそうになる程であった。


「ミーには?」

「ありますよ?」

「パクリ……にゃーにゃんだこりゃー!

 パティシエの才能もあるんじゃにゃいかー!」


 と、その女性たちの反応にオークの集団がゴクリと喉を鳴らす。


「代わりのモノでよければありますよ?

 甘味は素材が切れてしまいまして……申し訳ないです」


 そして振舞われるのはロックバードのタタキ。

 ただ、今回、ワサビが供されておらず、黒い油みたいなモノが別添されている。


「なんだこれは……うちの料理長が出すモノより旨いじゃないか⁈」

「タタキ自体は珍しく無いのに、なんでこんなに旨いんだ」

「さっき舐めた、黒い油を元にタレを変えてみたんです。

 醤油に味醂を足して炊き上げて、そこにネギ油と唐辛子を一つまみ」

「……なるほど、これが死の味というヤツか……」

「そんな大層なモノでは無いですよ。

 本物はもっと濃密でした」


 オークジェネラルやオークビショップや他の戦士たちと普通に会話しているアルフォートはいつの間にか、話の中心になっていた。


「……負けじゃ、負けじゃ。負けで良いな、お前たち?!」


 魔王はそういうと、皆に了解を得る。


「「「「「「「「「「「「「「「「「「「おぉー!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


 魔王様が声を掛けるとオークたちが叫んだ。


「アル君や今度、遊びに行ってもいいかい?

 君の料理がフルコースで食べてみたい」

「そしたらお忍びで頼みます」

「忍ばずぞ?

 ついでに国王の顔でも久しぶりに見に行くとするかのう」

 

 ついでと言われた、王様に威厳をとアルフォートは思うのだが、自分のファンが増えてくれたことに正直に嬉しがっている自分が居ることに気付く。

 結局は、料理人がベースなのだと、自分はとも気づくのであった。

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