第28話 人喰いの代償。

「なるほどにゃぁ、ロックバードの事件にようやく納得が付いたにゃ……。

 キャベ達の死体や冒険者プレートだけ、見つからないから不思議だと思ってたにゃ……」


 ミーアはあっけらかんと言う。

 人喰いをしたことを否定されるかと思い、ビクビクしていたがアルフォートが呆気に取られる。

 だが、次の言葉で思い知ることになる。


「ようこそ、魔物の世界へ」


 ミーアの口が今までにないくらい歪んで見えた。


「セバスチャンに見せなかったのは正解にゃ……。

 ヤツならたぶん、気づくだろうにゃあ。

 ……人喰いは重罪。これは魔王国でもこの国でも一緒にゃ。

 でも、何で禁止されてるか知ってるにゃ?」

「それは……お互いの国交を守り、国を平和にする為で」

「ノンノン」


 ミーアがアルフォートの応えを人差し指を振りながら途切らせて言う。


「人間が美味しいからにゃ。

 どうだった? お味は? 思い出すにゃ」

「そんなの――」


 言われ思い出す。

 確かに興奮していたのは確かで、その味を思い出すことついぞなぞ無かった。しかしミーアに言われ、明確に味を思い出す。

 美味しかったのだ。

 ――人間とはこんなにも美味しいのかと、歓喜した覚えが間違いなくある。


「美味しかったのじゃ」


 ステアがアルフォートの代弁をする。


「アルフォートに聞いたんだけどにゃー。

 でも、その恍惚とした顔を観るにさぞ美味だったんだろうにゃぁ」

「は⁈」


 料理人の性というヤツで、味を反芻して思い出してしまっていたらしい。

 ねっとりとした味わい、そして……とまた反芻しようとする頭をブンブンを振って止めるアルフォート。


「そして今では魔王領で絶滅させた食人鬼という種族の始祖も、人喰い人間にゃ。

 だから、普通はその始祖と同じで変位するなら鬼の筈にゃんだけど、ドラゴンライダーが多分、変異を竜にさせているんだと思うにゃ」

「ぇ⁈ つまり、ステアと同じ竜になれるの⁈」


 ステアの純粋な嬉しさ満載の言葉に、ミーアは首を頷けるが、


「そうかもにゃぁ……でも、困るんだにゃ、それは……今はもう順調に借金を返せてる状態。なのに領主が人食いとして咎められて入れ替わってしまうと……ミーの投資がパーにゃあああああああああああ、魔王様に魂ごと抹消されるううううううううううう! 死ぬのなら大丈夫だけど、魂抹消はミーでも回避できないいいいいいい! ただでさえ千金という格安で技術放出したのにぃいいいいいいいいいいい、いやにゃああああああああああああ」


 ここまで落ち着いていたミーアが発狂した。

 本気で取り乱すミーアというのは、アルフォートをして初めてだった。


「あぁ、もう、これはテーアに聞くしかないにゃ」


 ミーアは以前やったように、猫耳と口元に、グーから親指と小指を開いて当てる。


『もしもしテーア、緊急。食人鬼にならない方法を頼むにゃ。ミーじゃないにゃ! 投資先が人喰いやらかしてたのにゃ! 人側の領地内で! 罪は何とかするから、変化を止めたいにゃ、え? エリクシル? 食べた人間の数掛ける三十週、毎日飲み続ける? 五人の場合は一五〇週?! しゃーないにゃ! ミーの財布からとりあえず四週間分出すにゃ! そして今スグ転送! あとは行商人に紙と一緒に持たせるにゃ!』


 はぁはぁと、息途切れで出てくるのが、緑色の瓶に入った薬剤が二十八本送られてくる。


「とりあえず、落ち着いて一本飲むにゃ、その一本は奢りにゃ……」

「エリクシルってミーアさん、滅茶苦茶高い万病の薬じゃないか⁈ 一本、百金はくだらないという……」

「それぐらい本気で投資を本格化させてたんですにゃ……あぁ、この馬鹿弟子がぁ! 報連相は必須、それが冒険者じゃにゃいか! とりあえず飲むにゃ!」


 言われ、ポンとコルク栓を外すとアルフォートの鼻腔にクスリ独特の匂い――なんというか、ミントにチョコレートを混ぜてそこに蜂蜜をぶちまけたような――が立ち込める。

 とりあえず、言われた通りに飲む。

 すると、お腹の竜化の一部が、鱗一枚が剥がれる。

 どうやら効果はあるようだ。


「あぁもう……、一ケ月金二千八百を用意するにゃ、出ないと竜化を止められないにゃ! バレたら死罪! 百五十週……約四年続けるにゃ!」

「ぇえ、勿体ないのじゃ、我と竜になろうなのじゃ。

 そしてツガイになれば完璧じゃ!」


 ミーアの発狂する言葉に、ステアが止めに入る。

 確かにステアの提案もアルフォートには魅力的に思えた。

 だが、


「僕は今はまだ人間を辞めることは出来ない。

 ステアも知ってるだろ、ドラゴニル家を継いだと。

 父さんの託してくれたモノを裏切りたくない。

 少なくても竜になるのは人としての生を終えた時だ」

「アルフォート……」


 そう堂々というアルフォート。それに対し、ステアは自分の言動を恥じた。

 ドラゴンにも強者としての矜持があるように、人間にもそういうモノがあるとは聞いていたママ様から聞かせられていたからだ。


「よかったにゃ……これで俺は人間を辞めるぞ、ミーアあああああああ! とか叫び出さなくて……とりあえず、サイクロプスは可及的速やかにぶっ殺して、五体回収……百金にゃぁ……これで投資して、キックバック貰っていくはずだったんだけどにゃぁ、バイバイ、ミーの百金……」


 お金にドケチな猫耳師匠である。

 どうしたものかと、三人で押し黙る。

 そこで、手を挙げたのは意外にもステアだった。


「……黙ってたことが一つあるぞい。

 この領地でミスリルが取れる場所があってじゃな……ママ様から緊急時に使えと……」

「にゃにゃにゃにゃんですとー! ミスリル一塊、百金の大金話にゃ……! 地図持って来るにゃ……!」


 そして戻ってくる。

 どうやら、一番詳しく書き込んでいる地図のようで、色々と見たくない情報……裏稼業的なモノから盗賊達のアジト等まで書かれている。


「ここ」


 ステアのさしたのは、一番右上端だった。


「オーノウ……」


 ミーアが魔族語で頭を抱える。


「そこは魔王国との境界線が定まっていない空白地帯の山岳地帯の真ん中じゃあ……」

「その通りにゃ……ファッキンジーザズクライストすぎるにゃ……」


 魔族語は良く判らないが、とりあえず、糞みたいな状況だと言いたいことは判ったアルフォートであった。

 何故ならば、ミスリルなぞ出ようものなら、取り合い必定であるからであり、なぁなぁにしてきた国境を決めてしまう必要が出てくる。

 それは戦争になる不安要素がある。


「七対三、で三魔族に譲るなら、纏めて見せるにゃ。

 そして、アルフォートの私服……もとい服薬の元にして見せるにゃ」

「乗った」


 選択肢の無い二人は即断即決であった。

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