第27話 竜の肌。

「全治三日ですね」


 メイドの一人がアルフォートの状態をそう診断する。

 完全に自分の持てる力量以上の力を行使しつづけた結果、体中に負荷がかかり、重度の筋肉痛状態だ。というか、一部、筋繊維が切れちゃっていて、セバスチャンがヒーラーに依頼を掛けたぐらいだ。

 どうやら、ステアを守りたい一心で力を前借りをしたような状態らしい。


「人間とは弱い生き物じゃな……」

「だから、注意する必要があるにゃ。

 今回はこの程度で済んだけど、遊び感覚でダンジョンに入るのは禁止。

 判ったにゃ?

 それにトラップなどの類にも油断禁止にゃ。

 それにドラゴンといえど人間になっている間は行動制限される、これも注意事項にゃ!」

「はい……」


 と、アルフォートはしょげくれるステアを観て、頑張ってよかったと思った。あの時、アルフォートがサイクロプスを倒せなければ、恐らくミーアが助けてくれたのだろう。それでも、自身がステアを守れたという事には変わりはない。

 それは胸の中で大きな誇りとなっている。


「アルフォートもアルフォートにゃ」

「はい……ステアを御しきれませんでした、反省です」

「言いたいことが判ってるならいいにゃ」


 ミーアはニコリと微笑んで、動けないアルフォートの頭を撫でる。


「ただよく、ここまで成長したにゃ。

 ゴブリン相手に逃げてた若造が……サイクロプス倒しちゃうなんてにゃー!

 しかも料理スキルだけで、ニャハハ」

「……それは言わないでくださいよ」


 サイクロプスを倒せたという事実は本格的に上級冒険者の仲間入りとも言える関門の一つだ。つまり、名実ともにアルフォートは上級冒険者として認められるべきことを成したのだ。


「ステア……人間はにゃ、他人の為、自分の大切な人の為なら無茶をする生物にゃ。あの状態でなら、普通、死んでたのは二人にゃ。それでも生き残ったのは無茶をしたアルフォートのおかげにゃ」

「うん……今回の件、ちゃんと考えるのじゃ……」


 と、アルフォートの手を握る小さな手。それはステアの覚悟の現われであった。

 三日、飲まず食わずでずっとアルフォートに付き添っていたステア。

 ドラゴンにとって三日なぞ、少ない日数だ。

 だが、今回の三日は大きく感じた。

 自分のひ弱さを痛感し、迂闊さを呪い、それでもそんな様子をステアが見せると、アルフォートが彼女を撫でるのだ。

 彼が痛みをムリをしてもだ。


「正直、二人で戦闘させるのは危険と感じたので、ミーがパーティに参加するにゃ。

 ステアは魔法使い役、肉弾戦はなるべく禁止。

 前衛はミーとアルフォート。

 普通ならアルフォートの空間収納能力を活かした打ち出しがバックスタブにも強いから後衛やらすのが正攻法だけど、四人パーティーじゃないしにゃー。そもそも近接戦で言えば、アルフォートが一番弱い」


 三日すぎてようやくという所、ミーアからそう申し出が出た。


「……拒否権は?」


 アルフォートが、まるで二人のデートを邪魔されるとがっかりするような声で言うが、


「試験に落ちた二人にはござらんにゃ。

 今後、他のメンツとパーティー戦を組むこともあるだろうしにゃー、色々考えてあげてるんだにゃ」


 優しく微笑む教官ミーアであった。

 そこから一週間は、ミーアがステアにパーティ戦の注意点や冒険時の注意点を人目線で教える所から始まった。


「中々に多いのう……覚えることが」


 パタリとアルフォートのベッドに倒れ伏すステア。


「はは……僕も最初はそんな風に教わったよ」

「アルフォート、旨い飯を頼むのじゃ……」


 そんな愚痴を聞いて、アルフォートが出したのはサイクロプスのカシラをカップに見立てたシチューだ。

 くり抜いた眼玉を焼き、野菜と共に煮込んだホワイトシチューな逸品。


「……こいつを食材として喰うのは何度目かじゃが、腕や足で無く、頭でこられるとムカついてきたのう……!」

「良いじゃないか僕たちの未熟な狩りを思い出せて」


 アルフォートがステアをからかう様に言うと、ステアの頬が紅く膨らむ。


「ムー、アルフォートが意地悪なのじゃ!」

「まぁ、文句は食べてからにしてよ」

「……むぅ……む?! ハグハグホゴホゴ!」


 そんな風に文句を言うが、一口したらマナーも忘れてガチャガチャと音を立てながらペロリと食べてしまうミーアを可愛らしく感じるアルフォート。


「テーブルマナー、お忘れですよ。お嬢様」

「は⁈ なのじゃ?! アルフォートにしてやられたのじゃ?!」


 アルフォートは知っている、サイクロプスの頭を器に見立てた料理は王族のスープとも言われ、骨から出る煮汁とぷにぷにの目玉まわりの肉がウリだ。そして食べたモノは王様ですら作法を忘れるほどの美味しい味がする。

 カシラは無いスープだけだがご相伴に預かっているミーア、他四人のメイド達も言われ気付く。自分たちがテーブルマナーを忘れ、見っともなく食べて居る様を。

 セバスチャンだけが何とか誘惑に耐えている。良い執事だ。


「あー、もう……こんなの食べさせられたら、サイクロプスをまた狩りに行きたくなったのじゃ!」

「ふふ、元気が出てよかったよ」

「じゃぁ、明日はサイクロプス相手にパーティを組んで狩りにいくにゃ。

 ちょうど五匹位ぐらい湧いてて狩り時だし」


 そのミーアの提案で狩りに行くことになった。


「疲れたのじゃぁ……」


 そして晩御飯の後、更にサイクロプスの勉強をしこまれたステアがまたバタンとアルフォートのベッドに転がる。


「ご苦労様。でも、ちゃんと知ってるか知らないかで難易度は変わるからね。ステアみたいに暴力だけでやるのも一つの手だけど、ちゃんとパーティ戦していくからね?」

「アルフォートまで口煩い教官なのじゃ……」


 頬を再び紅く膨らませるステアが可愛い。

 そう感じながらも、アルフォートはある異変に気付く。

 ステアの手が震えているのだ。


「……大丈夫だよ」


 アルフォートがその手をそっと両手で包み込みながら、優しい口調で言う。


「少なくとも君は僕が守るよ」

「……アルフォート……」


 そして抱きしめ合う二人。


「我は怖い、汝を失うのが怖い。

 この前のサイクロプス戦、もしミーアが前日に掃討してくれてなかったら次が来て死んでいたのじゃ」

「その代わりにドラゴンキラーの罠なんか仕込まれたんだけどね……」


 酷い罠である。一本百金もするドラゴンキラーを罠として仕込むとは大胆不敵とはああいうことを言うのだろう。


「いや、ミーアは正しいことをしてくれたのじゃ……今になって判る。失う前に気付けて良かったのじゃ」


 ギュッと力強くアルフォートを力強く抱きしめる。


「ちょっと痛いから加減してくれないかな、ステア?」

「あ、すまないのじゃ……今、全力を出していたのじゃ……?」


 ふとステアの頭に疑問が浮かぶ。

 全力だったのに、何でアルフォートは無傷なのかと。

 今までなら、ろっ骨が折れたりして、回復魔法をヒーラーに頼みに行ったのに。


「アルフォート? 強くなってる? なんで我の全力に耐えれたのじゃ?」

「……?」


 そういえばそうだと思い、抱きしめられた部分を観る。

 まるで竜の鱗のように変わりつつある肌が、そこにはあった。

 お互いに判らないことである。

 セバスチャンに相談すべきかと思ったが嫌な予感がしたので、魔物の生命体に詳しいミーアに見て貰うことにした。


「ミー以外には見せて無いよね?」


 そしてミーアの一口目がそれだった。

 ふざけた口調が途切れている。

 真剣な眼差しで、ステアとアルフォートを観る。

 コクリと頷く二人。


「アルフォート……人間を食べたね?」


 今まで、忘れていたことを……否、忘れようとも忘れられない出来事を思い出された。

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