第26話 冒険者領主として。

 パーティはステアとアルフォートの二人だ。

 ミーアは一人で狩りに行けるとスタコラさっさと、上級ダンジョンに潜りに行った。当然、魔王軍の仕事もしているのだろう。


「久しぶりじゃな、二人きりになるのは」

「そうだね、ステアに乗るのも」


 二人はあえてバリアをせず、風を楽しんでいる。

 阻むものは何もない。

 自由が二人を楽しませる。

 ロックバードしかり、他のモンスター然り、ドラゴンと化したステアには近づいてくるモノなど無い。

 幼いドラゴンと言えど、ドラゴンだという事が良く判ることだ。


「ずっと書斎で書き物だったからなぁ……」


 ここ一ケ月、四冊目をずっと書き仕事をさせられていた。

 その間、ステアは、


「我も、暇なときはアルフォードのママ上からの習い事をメイドに観て貰っていただけじゃしのう……。やはり、ドラゴンは戦いにこそ、姿あるべき方思う訳じゃ」


 と、鬱憤溜まった右爪をギラリと出す。

 彼女の元気が有り余っているようで良い事だと思いながら、アルフォートは久しぶりに弓を持ってみると馴染むので自分も人のことが言えないなぁと思う。


「さて、サイクロプスの出るダンジョンはここだっけ……」


 ミーアの詳細な地図(これがあること自体が問題ではあるのだとセバスチャンと揉めてたが)はかなり精密に作られている。

 観れば、大きな大穴が空からでも確認できる。


「サイクロプス、相手じゃな……腕が鳴るぞい!」


 人間化をして、シュッシュとパンチをするステアの可愛さをどう言い表せばいいか判らないアルフォートであった。

 さておき、慎重に入る。

 ミーアは書き物中も整理整頓と称してちゃんとダンジョンを片づけてくれていたらしいが、油断は禁物だ。ダンジョンの変遷なども、ダンジョンコアがあるタイプだって起きることがある。

 一つの油断が、死につながる。

 それをレインジャーのアルフォートが安全を確保しながら、ステアをエスコートしなければならないのだ。


「……行くか」

「じゃの」


 闇の中へ松明の明かりをそれぞれもって二人は入っていく。

 暗い。そして大きいとはいえ、ステアが竜になれるサイズではない。

 だが、トラップの類は見当たらない。

 あったと思われる痕跡はあるが、ミーアが解除しておいてくれたのだろう。無効化されているモノが多い。

 時折、動作するモノもあるが、あえてアルフォートの鍛錬の為に残している可能性があるなと彼自身は思う。残っているモノが盗賊スキルの応用が無くても出来るモノばかりで、師弟の信頼というヤツだ。


「そこ、弓!」

「ん、なんじゃ、これぐらい」


 ステアが庭で遊ぶように探索済みエリアから抜け掛けしようと先に行くと罠が発動する。とはいえ、ドラゴンに与えられるような罠は、そうそう無い。普通はここから街を飲み込んで吹き飛ばすような呪文やドラゴンスレイヤーが使われているモノぐらいで……


「っ!」


 突然――地面から生えてきたぶっとい剣がステアのお腹を刺しつらぬいた――


「ステア!」

「痛かったのじゃあああああああ」


 バリンとステアにへし折られる剣。どう見てもドラゴンスレイヤーの類であり、そしてこう書かれている。


『油断大敵にゃ』


 アルフォートは急いでハイポーションを飲ませ、ステアの千切れた腹肉の部分を包帯で止血する。

 服もステアの魔力で出来ているから服の上から、座らせてだ。


「ミーアさんめぇ……」


 いや、冷静に慣れ、これはワザとだ。致命傷になっていないし、ドラゴンの体力なら持つ。それが計算されつくした罠だ。


「……ステア!」

「なんじゃ! 痛いのじゃ……再生するまで慰めてくられ!」

「違う、先に何故進んだ!

 いや、僕が悪い! ステアなら大丈夫だと先に行かせることを良しとしてしまった。あやまる、御免!」


 松明を置いてアルフォートは土下座した。

 つまり、ミーアはアルフォートにステアの制御をしろと告知したかったに違いない。ステアの体力と防御力さえあれば、罠を踏み抜いていくことなぞ造作もない。なんせドラゴンなのだから。

 だが、こういう罠もある。

 あるいは先に進んだ愚か者のせいで、後ろとパーティーが分断される可能性もある。そう教えてくれているのだろう、ミーアはアルフォートとステアに身をもって感じさせた。

 それにステアは気づいたように、頭を下げながら、


「なにをそんなに謝るのじゃ……、悪いのはステアじゃ。

 浮かれておったは……。

 旦那と二人のデートとばかりに……」


 松明を置いてステアも土下座した。


「ステア……」

「アルフォート……すまぬ……我が慎重になっていれば」

「いや、無事で良かった……」

「無事じゃないんじゃが?! ドラゴンの柔肌を傷付けるなんて」


 ドラゴンは柔肌なのだろうかはさておき、アルフォートは決断する。


「撤退だ」

「……ふぇ?

 まだ、我は動けるぞよ?」

「ダメだ、この状態でサイクロプスと相見舞った時、前衛を完全にステアにやって貰うには……」


 ドスン! ドスン! ドスン!


 奥から大きな足音が近づいてくる。

 青い色の肌、そして金属製のこん棒を持った一つ目の大怪物、サイクロプスだ。

 ニヤリとそのサイクロプスは傷ついたステアを観る。

 まるで美味しそうな獲物――魔力の塊が動けなくなっているように観えているようだ。


「ちっ!」


 前衛を張れるのがアルフォートしかいない。サイクロプスには十分なサイズの空洞だが、ステアが竜化してドラゴンライダーを使う訳にもいかない。いたし、かゆしである。

 松明を置いて、空間スキルで取り出すのは、大包丁。大剣サイズで、竜やシーサーペントを捌くときに使うヤツだ。そして、片手にアイスピックを三つ。


「ふん!」


 サイクロプスのこん棒による攻撃がアルフォートを襲う。

 大剣を盾代わりに地面に差し込みながら受けるアルフォート、そして続けざまに一本アイスピックで眼を狙うが、それはよけられた。


「こっちじゃ!」


 まだ塞がっていない腹を庇いながら、サイクロプスの股下を抜いたステアが、後ろからドラゴンクローで攻撃する。

 それなりにダメージがあったのか狼狽えるサイクロプス。


「ぐおおおおおおおお!」

「ぐふっ!」


 怒り繰り出したサイクロスプスパンチでステアが吹っ飛んだ。

 ダメージのあったステアが壁に何度もぶち当たり、奥へと行ってしまう。

 そして怒りのまま、ステアへとサイクロプスが向かっていく。

 マズい、まずい、不味い。


「ええい、ままよ!」


 アルフォートが親父から引き継いだアダマンティウムの包丁を取り出す。

 父が冒険者時代に使っていたという一品の切れ味、見せてくれ! っと、願いを込めるように振りかざし、不意打ちをしかける形で飛び掛かる。鎖骨と鎖骨の間に切れ込みを狙った一撃だ。

 だが、それは為されなかった。サイクロプスがこん棒を担いで邪魔をしたからだ。

 邪魔をされて包丁は鎖骨に刺さった。なぜならば、こん棒は切断されていたからだ。

 切断力で言えば、アダマンティウムに硬さで勝てる金属は無い。サイクロプスのこん棒がアダマンティウムで無いことが幸いした形だ。

 眼を見開くサイクロプスがアルフォートの方を向いた。まさか、ばかなと、考えている暇など無いのに。


「そこ!」


 構え続けていた二本のアイスピックをその驚いた眼にアルフォートはぶっ刺した。


「あんぎゃああああああああ!」


 暴れ叫ぶサイクロプス。もう、彼には何も見えず、暴れ狂うしかない。


「黙れよおおおおおおお!」


 そして、その勢いのまま、アルフォートは自分の空間から二本の麺棒を射出した。足に打ち込まれたそれ自体のダメージはそこまでサイクロプスには無かったが、方向感覚を失わせるには十分だった。

 自分が倒れたとサイクロプスは感じたが、どうすれば立てるのか判らない状態だ。もうこうなっては赤ちゃんのように足や手を暴れさすしかない。


「俺の婚約者をだな……大切に扱わない何てだなぁ……」


 意味の分からない単語だけがサイクロプスに聞こえる。

 痛み、鎖骨だ、鎖骨に刺さった刃物に圧迫感を感じる。


「許さん……! 食ってやるぞ、サイクロプス!」


 サイクロプスの鎖骨が右腕ごと切断される。

 アルフォートだ。

 アルフォートが料理スキルで食材だと認定した。そして、もう瀕死となったサイクロプスの状態が食材解体スキルでブーストが掛かったのだ。


「次!」


 左腕が飛んだ。


「次!」


 右足が飛んだ。


「次!」


 左足が飛んだ。


「次」


 最後に首が飛び、その行く先は奥で、

 目の前に生首が転がってくるステア。


「アルフォートぉ……⁈」


 その顔を観て、もしや自分の婚約者かと思い、叫んだステアだったが間違いにはすぐ気づく。

 勝ったのだという結果は判る。

 だが、ダメージが出て、人間化したままだと動けない。

 竜化するにしても、洞窟のサイズが足りない。


「全く無茶をしたにゃー、でも上々だったじゃにゃいか。アルフォートがサイクロプス倒してしまうにゃんて、想定外もいいとこだにゃ」

「ミーア……?」

「はーい、ミーアさんだにゃー。最後に一応、様子見たけど、終わった後だったみたいだにゃ」


 その肩には完全に力を使い果たし気絶したアルフォートが担がれていた。

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