第29話 魔王降臨。

「三対七なら引き受けよう」


 と対峙するは、オークジェネラル率いる大群だ。

 山の中、岩肌がむき出しの高原地帯。

 確かにそこに鉱床があることが確認されて、魔王軍とアルフォート達は交渉の為に睨み合うことになった。


「四天王のミーアと知ってかにゃ⁈

 七対三で三で十分じゃにゃいか!」

「ミーア様、魔王様はとてつもなくお怒りです」


 報連相がしっかりしている様だ。テーアはどこぞの師弟のようになまけてはいないようである。


「それを宥めるには、三対七で交渉してこいと仰せつかりまして、ハイ」


 とへりくだるオークジェネラル。

 確かに立場はミーアの方が上のようだ。

 オークジェネラルを観てアルフォートは、魔族にも中間管理職としてのツライ所があるのだなぁ、と少し同情してしまった。


「見つけたのはこのドラゴンにゃ。

 魔族の都合のイイ話には出来ないにゃ」

「そうは言われましても……」

「まぁ、七対三でもいいがのぅ……ワラワとしては、のうミーアよ」


 オークの大群から割って出てくるのは一人の可憐な金髪少女だ。

 一目見た目では人間と変わらない。

 いや、耳が少し大きい。ハーフエルフというヤツかもしれない。

 普通の少女ではないと直感したアルフォートが構えを取る。


「ぐるるるるる」


 ステアも唸り声をあげる。ママ様にも匹敵する膨大な魔力量が見えたからだ。


「魔王様!」

「ま、魔王?!」

「魔王じゃと⁈」


 ミーアの言葉に構えていた二人も驚く。

 魔王領から観れば辺境の地にワザワザ来るような立場でも無いだろうに、そして見た目で驚いたのだ。

 ふわふわの茶色い髪はスイーツのモンブランを思い出させ、黒いドレスがチョコレートのように彼女を着飾っている。

 まるで、少女にしか見えない。


「そんなにかしこまらんでもよいぞ」


 言われ、構えを解く二人。

 ミーアは土下座を始めて、沙汰を下るのを待っている。


「ミーア、よくやらかしてくれたわね。

 色んな意味でやらかしているけど、ミスリル鉱山を見つけるのは普通じゃできないの、褒めて遣わす。

 魔力探知でも引っかかりにくいしの」

「魔王様……」

「でも、このダメ猫、人を喰った人間を庇いたい?!

 そんな風に私はあんたを育てた覚えは無いの……死ぬの? 馬鹿なの?

 人間との約束を違えろと、この魔王に言うの⁈」


 黒い魔力の球を出してミーアに向ける。

 それでもミーアは頭を下げたままだ。


「でもいいの、ミーアは私の恩人だもの。

 私は貴方を殺さないし、消しもしない。

 それをしたら魔王は恩義や法律を守らないとそしりを受ける」


 どういう関係なのだろうか、判らない。

 だが、少なくとも、アルフォートは人間側の罪で裁く方向で話が進められてるのは話の流れ的に理解し、安堵する。

 何故ならば、今、この場にて魔王の法にて消されていないからだ。


「……人間、名を何と申す」

「アルフォート・ドラゴニルです」


 臆することなく、彼は自分の名前を応えることができた。

 今までの経験が、彼を強くしたのであろう。


「ふむ、アル君とでも呼ぶとしようかの。

 魔物見習いとしてならば、私の配下も一緒じゃ」


 と、アルフォートの目の前に着陸する。

 そして、魔王がアルフォートの手を取ろうとするところを、


「我のじゃ!」


 ステアが阻止した。


「ふむ。君が報告に出ていた、マザードラゴンの子供、ステアかね。

 勝気なのは良いが、力量を弁えたまえ」


 同じ背丈の二人が並ぶ異様な状態だが、ゴゴゴゴゴと、地面が震え始める。

 二人の魔力が激突しているのだ。

 だが、一方的に衝撃波が負け始めるステアは吠える。


「それでもじゃ!

 ドラゴンの傲慢を忘れたら我ではなくなってしまうのじゃ!」

「ふふっ、いい子ね。

 それでこそドラゴン」


 魔力の競り合いが終わる。


「なら、余興でわらわを楽しませてくれ、ドラゴンの子よ。

 ここまで来るのはルーアに反対されたのだが、ミーアの願いじゃ、わらわとて無下にできぬ。

 だが、土産話の一つも無いとは、つまらぬであろう?」

「なら、力をしめすのじゃ」

「力? サイクロプスにやられた無様なドラゴンが? フハハハハ」


 魔王の笑いが止まった。


「笑わせてくれるのう、小娘が」


 魔王が本気で怒っている眼をステアにぶつける。


「お主の母にはちと借りが合ってのう……ここでその娘をいたぶるのも一興」

「させない――!」

「アルフォート!」


 ステアの前に出るアルフォート。

 力など無い人間であるが、魔王に対峙するにはステアの危機は十分な理由だ。


「ほう……負けるのが判っているのに立つか。

 面白い人間よのう、アル君は。

 ミーアが大事に大事に育ててきた理由が、なんぞ判って来たぞ。

 欲しゅうなる」

「俺はステアと共にいると決めてましてね、消すなら一緒に」

「くふふふ、良い眼じゃ、人の子よ。

 なら一興、三本勝負といこうかのう。

 一つ目は隠し事をした罪人であるミーアと、そうじゃのう、お主らが本気で戦ってみたまえ。殺しあえ。そちらが勝ったら先ず三、認めよう。

 大丈夫だ、オークプリーストも数名連れてきておる。

 リジェネイト出来るから一回どっちか死んでみろ、それでミーアの罪にも都合をつけよう」


 仲間割れを誘うような手口でえげつないが、リジェネイト――つまり、死んでから五分間の間なら死者蘇生を行うことが出来る秘術を使うといっているので、存外に優しさも兼ね備えているのではとアルフォートは感じた。


「だからミーア――本気でやりなさいな」


 駄犬をしかりつけるようにではなく、愛するように、ゆっくりとミーアの髪を撫でる魔王。その手つきが終わるや否や、アルフォートとミーアに、


「すまないにゃぁ」

「いいえ、一度は師匠と本気でやってみたかったですし。

 ドラゴンライダーはさせていただきます」

「いいにゃ、それは待つにゃ。それを終えたら、やろう」


 ミーアの言葉からにゃの言葉が消えた。

 本気でやるという意図の現われだ。


「ステア、やるよ!」

「見せてやろうとも二人の力を!」


 ドラゴン化したステアに乗るアルフォート、そして紅い色にそまり、一人になって出てくるドラゴンライダーだ。


「ほう……合体とな。

 実際久しぶりにみるが興味深い。もう五百年以上、観ていない技術じゃ」


 何歳なんだろうな、この魔王様は……とアルフォートが気にする余裕もなく、ミーアのクナイが飛んでくる。

 だが、それはドラゴンライダーの熱で、当たる前に溶けてしまう。


「反則だにゃ……魔王様、相性が悪すぎるんですがにゃ。

 おそらく、ドラゴン同様、酒以外の毒無効だし、手がないにゃ。

 ミーは暗殺者や諜報員であって、戦闘特化じゃないにゃ」

「ダメ♪

 最期まで本気を出しなさい。温存しているネタがあるでしょ、貴方には。

 わらわが知らない手管もまだまだありそうだし」

「仕方ないにゃぁ、魔王様。

 これでどうですにゃ。

 既知ですが近接最強の形態なのは魔王様に誓ってなのでご許しをば」

「許そう」


 ミーアの胸ポケットから出されるのは一つの宝石だ。

 青い色をしている。


「水の魔鉱石。

 奥の手にゃ、アルフォート達の秘術ともよく似ているのは皮肉なもんにゃ」


 それを砕く。すると、蒼い水をまといし四本足で歩く大型の猫と化す。


「やはり、ミーアはそっちの姿の方が可愛いわね」

「人化してた方がよっぽど気楽ですにゃ、興奮もしませんにゃ!」


 ドゴーンと、猫パンチを当てる。


『っ! 一筋縄ではいかないか』


 水流に乗っているのか、炎を抜けてきて防御に徹してしまうドラゴンライダー。

 しかし、傷は浅い。

 

『だが、想定通りじゃ。あやつパワーはさほどない。オークキングに比べても、身体が軽い!』

『あぁ、問題ないな』


 タイミングを合わせて掴みだ。

 そして二人の力を併せたドラゴンライダーの一本背負いが決まる。

 その拍子で叩きつけられたミーアはビクンビクンと背骨が折れたのか痙攣する。

 ドラゴンライダー二人の狙った通りの運びだ。


「トドメささないの?」

『俺たちは無用な殺生は好まない』

「ふーん、自分の都合で人は食べたのにね。

 美味しかったでしょ?」

『っ!』

「でもいいわ、その甘さは貴方がまだ人間だということの証明だもの。

 なら許してあげるし、介錯は私がしてあげる」


 魔王はそう笑顔を見せながら、指をピッと指し示す。

 すると黒いエネルギー波がミーアキャットの脳天を一瞬で貫いた。

 パッと青色の血が飛び散った。


『見えたか?』

『ほんの少しだけじゃ……』


 貫かれたミーアは、頭がもげた状態で人型に戻る。

 あまりにも酷い状態に、ステアは吐き気を催し、アルフォートが堪えた。


「メディック、早く蘇生してあげて。

 ミーアなら自力で戻ってこれるけど、時間かかるし、面倒よ」

「「「「「はい、魔王様」」」」」


 五人の白い服を着たオークビショップがミーアを囲う。


「「「「「我らの魔王様に、つげる。いと慈悲深き、魔法様よ。このおろかなる魂を蘇生したため給え!」」」」」


 すると、ミーアが頭を新品にされて呼び戻される。


「……マジで死ぬとキツイ……油……怖い……」


 だが、その顔はとても辛そうだ。


『ミーアさん、すいません。俺らのせいで……』

『面目ないのじゃ』

「いいってことにゃ。二人あわせてそれなら、他の四天王の後、テーアとルーアぐらいなら倒せるにゃ。料理スキルも使えばだけどにゃ」


 ミーアはそう軽く笑いながら言ってくれるので、ドラゴンライダー達の気持ちが軽くなる。


「じゃぁ、次は私が相手ね。

 勝ったら残りの四あげる。負けたらこっちが三貰うわね?」


 楽しそうに、まるでおもちゃで遊ぶ子供のように黒い鎌を何もない空間から取り出す。

 それを魔法の杖のように魔王は振るった。

 腕で防御した瞬間、ドラゴンライダーたちの首が刈り取られた。

 アルフォートとステアが最期に見たのは、自分たち二人に分離した死体だった。

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