第7話 空を飛ぶ。

 赤色のワイバーンに化けたステアに乗るのは初めてだ。

 というか、空を飛ぶ竜種にのるのも初めてのアルフォートは興奮していた。

 爪は大きく、顎も強そうに見え、羽も大きい。

 そんなものが空を飛ぶのだから、興奮して当たり前だ。


「これが本気では無いのじゃが、そなたが嬉しそうにしてくれるのなら、我も嬉しい」


 そうステアが嬉々として言ってくる。


「やはり、そのたアルフォートは我の背中に乗る主であったと、今をもってなお、確信に変わっておる」

「どういうことだい?」

「嬉しいのじゃよ、人に乗られてるのに」


 そう竜種は気高きため、人を乗せることを極端に嫌う。このために、騎乗スキル(竜種)というのはレアスキルだし、たとえ持っていたとしても竜が気に喰わなければ乗せてくれない。


「嬉しいな、そう言われるのは」


 善意を善意で返すアルフォート。

 彼自身、純粋なステアの好意は嫌いではない。むしろ好きだと言えるレベルである。一目見た時から、彼女のドラゴン姿に惹かれるモノがあった。それが好意であったことは間違いない。


「クフフ。アルフォートはドラゴンたらしじゃのう」

「いやいや、ステアこそ、僕をたらしこんでるんだろ」


 っと、そんな雑談をしながら下を観ると、街道が見える。街から街へ移動する馬に乗った人や歩く人々が豆粒のように小さく見える。

 そして、こちらを指さして驚いているような人も居る。

 そりゃそうだ、ワイバーンといえども、竜種だ、それに乗る人間が居ると観えたら騒ぎの一つもしたくなる。


「風は大丈夫か、アルフォートよ」

「大丈夫、イイ感じにステアがバリアを張ってくれているお陰でそよ風も感じない」


 空気抵抗については、ステアがバリアを張る……というよりは、風の魔法を身にまとう手法で解決されている。

 特に息苦しくもなく、普通に会話出来ているのはこれのお陰である。


「ドラゴンになったら……もっと早いのか?」

「そりゃもちろんじゃ、だがまぁ、我としても面倒なのはこの前ので懲りたのじゃ。人種が我を普通に殴り飛ばすとはな」

「あぁ……キャジの件か」


 流石に懲りたのであろう。

 ドラゴンとしての姿を顕現しても、怯むどころか追い詰めようとしてきた。


「ドラゴンスレイヤーはある意味、誉れだからなぁ」


 ドラゴンスレイヤー、デモンスレイヤー、これらの言われは強力たる人間が共存を望まない魔物を倒したことに送られる通称である。

 時折、なにかを借り続ける人の事を〇〇スレイヤーということもあるが、それはそれで例外であり、何かしらの特技を持っている人に与えられる誉れである。トレントスレイヤーなどは、木とトレントを瞬時で見抜き、それになる林檎の収穫期も把握しているという。


「汝はなりたいか? ドラゴンスレイヤーに?」

「いいや、僕は家の再建の為に誉れを求めてはいるが、ステアを犠牲にすることは無いよ。こう喋れるドラゴンが居るという事を知った、今、他のドラゴンを狩るのも躊躇するだろうし」

「ふふ、それでよい。汝の誉れは我自身が、ドラゴンライダーたることで成し遂げられるであろうと確信している」


 ドラゴンライダー。

 つまり、ステアとアルファートが一体になる術のことである。あの後、一回も試していないが、恐るべきパワーを持っていることには違いない。

 それであれば、デモンスレイヤーぐらいにはなれるかも……とは思うモノの、公国はデーモンたちどころか魔王とも友好をしており、そんな機会は訪れないのだ。

 あるとしたら野生あるいは無所属の魔物の暴走だ。


「そういえば、汝の夢を聞いてなかった。何かしたいことがあるのか?」

「家の再興だね。料理人としてではなく、貴族としての」

「家の再興とな……?」


 あまりドラゴンには家という概念が無いのであろう、ステアの頭にハテナが浮かぶ。


「親父からみて先々々代まで、貴族だったらしいんだ、僕の家は」

「貴族?」

「貴族というのはそうだなぁ、ドラゴンで言うエルダードラゴンとかにあたるのかな?」

「それは凄まじいな」


 エルダードラゴンと言えば、古きを活きる伝説であり、今もなお、各国で恐れられている自由気ままなドラゴン達のことである。ドラゴン達の中でも特別な力を持ち、雷鳴を轟かせ、海を割り、大地から炎を吐き出させるなど、逸話には事欠かない。


「そういう特別な地位にあったんだ。

 けれども、没落してしまった。そして親父は家名も捨ててパワーフィールド家の婿養子として、料理人として大成したんだ」

「それが気に喰わぬと?」

「いいや、そういう訳では無い。親父はスゴイよ、ドラゴンだって料理出来た」

「ひぃいいいい」


 この前、やられそうになったことがトラウマになりつつあるのか、強い人間にトラウマを覚えてしまったのかもしれない。

 ステアの高度がその悲鳴と共に一気に急落していく。


「ステア、落ち着いて! 今は僕が居る!」

「そうなのじゃ、落ち着くのじゃ……!」


 と元の高度に戻ってくれる。

 自分の荷物も無事だ……と言っても、空間収納を持っているので服以外は気楽でいいのだが。


「だけど、長男じゃなかったし、才能も無い。

 僕はいつもいつも、親父にぶち叩かれながら料理人スキルを覚えたね。レンジャースキルもそうだ。どの植物が食べれるかなどの知識も必要だからだ」


 そして、アルファートは寂しそうに次の言葉を呟く、


「一度、だって愛してるとは言ってくれなかったんだ」


 だから、彼自身は好意に弱い。

 青年期のトラウマを緩和してくれるからだ。


「だから、ステアが結婚しようと言ってくれた時、すんごく嬉しかったんだ。僕にだって好いてくれる人が居るんだって」

「汝、ホントに恥ずかしいことを普通に言いよるなぁ。我かて、こんなにも好きだという気持ちを一目惚れで感じたというのに……」


 ワイバーンの眉が弓状になり、頬が紅く染まる。


「運命だったのかな、あの時は」

「運命だったんじゃよ、あの時は」


 ワイバーンの背中に顔を近づけて、ピタリとくっ付けるアルフォート。それを愛おしそうに甘受するステアである。

 観る人が見れば、二人が出来ていることは明白だが、空の上だ。

 二人だけしかいない。


「あと十年せねば、結婚できぬのが悔しい。お互いにこうも心が通じ合っているのであれば今、ここで結婚式が出来るというのに」


 とステアがそう言う。


「仕方ないだろ、ステアママがそう言ったんだから」

「十六歳の姿はとれるのじゃぞ?」

「今度、こっそり見せてくれ……と言っても襲うことは無いから安心してくれ」


 ステアママが怖いからとは伏せておくことにする。


「さておき、貴族に戻るにはどうすればいいのじゃ?」

「冒険者として何か大きな発見をしたり、戦争で大きな功績をあげたり、あとはお金を積んで名前を買うとかかなぁ……」


 こればかりはアルフォートとしても漠然と行動してきたにすぎない。


「家が嫌で、十四歳の時に飛び出してきて、何か目標をと考えた時に閃いたに過ぎないからだ。そうすれば親父を見返せると思っただけだからなぁ」

「お主、実は結構、考えずに行動するタイプじゃな?」


 そうニンマリとステアに言われるので、アルフォートが拗ねながら、


「昔はそうだったよ、二年前だけど。

 そこを前のパーティーで荷物持ち兼コックとして雇って貰ったり、ミーアさんからコツコツと勉強をして現実をしったよ」

「現実とな?」

「功績をあげれる人間なんて一握りだし、それこそ何十万といるギルドメンバーと競い合わなければいけない。半ばあきらめもあったかもしれない」

「今はそうではないと?」


 疑問を浮かべるステアに、アルフォートが抱き着きながら言う。


「こんな幸運で可愛いフィアンセが手に入ったんだ。功績ぐらいあげることも出来るだろうと希望に変わったんだ」

「汝、それ恥ずかしいセリフ禁止じゃ……」

「なんで、ステアは可愛いじゃないか。人間の時といい、今の時といい、ドラゴンの時といい」


 その瞬間、照れで自分の目を隠したワイバーンが速度を失速し、森に墜落した。

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