第16話 指輪。

 五日目。ステアとアルフォートは朝御飯を終えると、外に出かけていた。


「今日は何をするのじゃ?」

「ギルドに行くついでに、ステアと遊びに行こうかと」

「遊び?」


 っと、ステアのルビーのような赤い眼がアルフォートを観てくる。

 六歳児の子供さながらの姿に化けていてもやはりステアは整った顔立ちで、アルフォートにとってはとても可愛い許嫁である。

 服装はいつもの赤いドレス。

 何処かの貴族のお嬢様にも見える。

 それをエスコートするのはラフなシャツとズボンのアルフォートだ。しかし彼の容姿が整っていることもあり、金髪もあわせ、スタイリッシュに纏まっている。

 美少女と美男子の二人ということもあり、周りの人を振り返らせるには十分だ。


「遊びというのは、目的なく色んなモノを観たり、買ったり、体験して楽しむことだよ? ドラゴンは遊びという概念は無いのかな?」

「うむー、ママ様といろんなモノを観たり、買ったり、体験したりしたことはあったのじゃが、楽しいと思ったことは無いのじゃ。大抵は将来、生きるためにとの経験を積むためという目的もあったしのう」

「ふふ、じゃあ、僕とデートって言い換えようか?」


 と、アルフォートが笑みを浮かべ、右手を差し出す。


「でででででデートじゃと⁈ あの仲のいい男女が目的もなく一緒にブラブラするという、伝説の……」


 顔を真っ赤にさせながら、ステアは狼狽えるようにし、その右手を取れずにいる。


「デートは判るんだ」

「そりゃそうじゃ、ドラゴンだってツガイになるモノと一緒になるためには相性を確かめねばならぬ。それが悪かったら破局ぞ⁈」

「それは困難なクエストだね」


 っと、彼女の目線に合わせて屈むアルフォート。そして可愛らしい小さな左手を彼から取る。


「それならそれをクリアしにいこうじゃないか」

「あ……、うん♪」


 ステアの顔が満開ステビアの花が咲いたように、咲き誇る。可愛いなぁ、とデレデレしてしまうアルフォートに罪はないと思う。

 さて、二人で向かった先は王都の中心より少し南側の大公園であった。火事が起きた時の為に街の真ん中へと大きな道路でつくられているが大抵の先はこの大公園となる。


「いろんな人たちが居るのじゃ……!」


 例えば、魔法でショーをする人達やそれをハラハラと見る観衆。ベンチでくつろいでいる老夫婦。アイスクリームの屋台。ランニングをしている戦士の集団……などなどだ。


「遠目に魔法のショーを観て行こうか」

「うん!」


 遠目といってもステアにとっては視力が人間とは段違いだ。しかし、人だかりがあって、


「みえぬ……」

「じゃぁ、肩車するね!」


 そう許可を得て、アルフォートはステアを肩に乗せる。二人にとっては慣れた仕草ではあるが、百七十四センチ有るアルフォートの分、一気に目線が上がり


「ぉお、よく見えるのじゃ……」

「それは良かった」

「よくもまぁ、五つも湾曲した刀を空中で振り回して投げ飛ばしては投げ飛ばして、キープできるものじゃな!」


 新鮮な反応をするステア。


「あれはもう、魔術を使わずに、本人の能力だけでやってるようだね」

「人間も凄いモノじゃのう……!」


 アルフォート以外のことで驚きの声を出すステアも新鮮で可愛い。

 確かに人間世界に来て驚くことは、多々あれど、こんな風に見入りながら感心を示してキャッキャッとするステアは初めてだなぁ、と嬉しくなるアルフォート。

 ショーをタダ見した二人の行き先はアルフォートの先導で屋台のアイスクリーム屋だ。


「アルフォートが作った方が上手いのではないか? 料理人レベルレベル九じゃし」

「そうとは限らない。お菓子、ようは甘いものは、料理人レベル以外にパティシエールレベルが必要になったりするからね。要は甘いモノ専門のレベルだね。あとアイスクリームは専門の魔道具か魔法か氷を使う必要があるし、僕も数回試したことがあるだけだ」

「ほー、何か違いは判らぬが、食べてみるのじゃ」


 と、言うモノの、味が色々あるので悩むステア。

 イチゴ、林檎、バナナ、イチジク、パイナップル……色も中に入っているモノも様々で、初めてのステアが悩むのも無理はない。


「じゃぁ、僕が選ぶね?」

「頼むのじゃ」


 アルフォートは一瞥すると、ステアにイチゴ味、自分にパイナップル味を十銀貨を支払い買う。


「はい、どうぞ。ステアの赤と一緒のアイスだよ」

「わーい、ワクワクなのじゃ!」


 と、一舐めし、ステアの眼がトロンと溶ける。


「あまあまでひえひえなのじゃ! イチゴの酸味と甘みも良く合っているし、ミルクがそれをまとめているのじゃ!」


 食レポを大きな声でするステアも可愛い。可愛いお嬢ちゃんだなぁ、と目線が他の人から注がれるのでアルフォートは嬉しくなってしまう。


「こっちも少しどうぞ」


 アルフォートが黄色のパイナップル味を差し出す。


「な、な、な、なんじゃこれは⁈ 瑞々しい大地の香りに酸味がグッとくるかと思いきやトロピカルな甘味がくるのじゃ」


 とパクパクと全部食べてしまうステア。

 あ、しまったと思った時にはもう遅い、アルフォートの分が無くなってしまう。


「す、すまないのじゃ……! 淑女たるモノ、美味しいモノが出てきても慌てたりせずパクパクと勢いをつけて食べてはいかぬのじゃった……しかも、アルフォートの大事な分を……!」


 アルフォートの母親の教育が功を奏しているのだろう、そう反省をしながら涙目で彼にしがみついてくる。

 許してくれ、離さないでくれ、ごめんなさい、色んな感情が震える彼女の体を伝ってアルファートに伝わってくる。

 彼はそんなステアも可愛いと思いつつ、


「大丈夫だよ、ステアに食べられるのなら僕は本望だよ」

「アルファート……よくも、そんな恥ずかしいセリフを?!」


 ステアが真っ赤になり、アルファートの反対側を向いてしまう。そして、肩でハァハァと息をしながら、胸を抑えて鼓動を感じている。


「ステア、大丈夫かい」


 そうアルフォートが彼女の頭にポンと触ると、まるで湯気が出るようにステアが水蒸気爆発した。実際、炎を司る赤のドラゴンだ、ボンという音共に、アルフォートの右手を水蒸気で焼いてしまう。


「あつつつ」

「あ、すまぬのじゃ! 重ねて重ねて!」


 と今度も泣きそうになりながら、アルフォートにステアは抱き着いてくる。


「大丈夫大丈夫、これぐらいなら冷やして薬草を使えば」


 可愛いなぁと、アルフォートは思いながら、芝に落ち着いてステアを座らせ、自分も座る。

 そして慣れた手つきで空間収納から氷を出し冷やし始める。


「これぐらいなら料理でもよくあるレベルだから気にしなくてもいいよ」

「すまぬ、すまぬのじゃ……旦那様となるアルフォートを傷つけてしまったのじゃ……せめてものぬぐいはこんなことしか出来ぬ……」


 と舌を出して、アルフォートの右手を舐め始める。

 丁寧に丁寧に一本ずつ指を舐め、そして手の甲を舐める。

 ステアの涎がヌチャヌチャとし、淫靡な感想を覚えてしまうアルフォートは自分の下半身に気付かれないように気を付ける。

 しかし、結果、それで薬草も使わずに彼の手が火傷から回復する。


「すごいなぁ、ステアは……」

「凄くなんてないのじゃ、すまぬかったのじゃ」

「いいや、ステアが舐めてくれる時、とても気持ちよかったし、大丈夫だよ」


 そう言うと、ステアはようやく落ち着いたように眼を弓にし涙を飛ばす。


「やっぱりステアはどんな表情でも可愛いけど、笑顔が一番かわいいなぁ……」

「アルフォート……そんなに可愛い可愛いいうのじゃない」


 とモジモジと尻尾を左右に動かす。


「ステアは可愛い、可愛い、可愛い」

「もう、アルフォートは!」


 今度は怒る様な言葉をさせながら、アルフォートを押し倒すステアだ。


「もうほんとに、ほんとに、汝は我をドキドキさせる天才じゃなぁ……歳さえ、ちゃんとしてれば今にでも襲ってしまいたいほどじゃ……」

「もう、今、襲われてるんだけどね?」

「そうじゃないのじゃ、そうじゃ!」


 フフフとアルフォートが笑みを浮かべると、それにつられてステアが笑みを浮かべ始めて可愛い。

 さて、そんな二人が遊んでいると夕暮れ時になってくる。


「ギルドによる前に、よるところがあるから行こうか」

「うん、なのじゃ!」


 そうしてアルフォートが右手で先導しつつ、着いた先はやたら奇麗な魔道具屋だ。リングやティアラが売っており、アルフォートだけが中に入る。

 そして昨日、夜遅くに頼みこんでおいたモノを受け取る。

 それは上等そうな黒い箱に入っており、何やら仰々しい雰囲気を醸し出している。


「はい、ステアにプレゼントだよ」


 アルファートは彼女の目線に屈みながらその箱を開ける。

 すると一つのリングが入っていた。


「アルフォート、それはお主の母親が言っていたプロポーズというヤツでは……」

「もう婚約はすんでるけどね。ちゃんとしておこうと思って。僕のステア、可愛いステア、僕と結婚してくれ」

「……アルファート……もちろん、返事はハイなのじゃ! アルファートが私に嵌めてくられ……」


 言われ、アルフォートは左指をとり、薬指に嵌めるがちょっと大きい。

 けれども、光を放った瞬間、彼女にピッタシのサイズになる。


「ピッタシなのじゃ……!」

「良かった……五十金貨もしたからねぇ……」


 アルフォートも特注品とあってホッとしている。


「五十じゃと⁈ そんなにどうして高いモノにしたのじゃ?!」

「耐火魔法や色んな耐性をつけた上で魔力で変化するミスリル製の破壊不能なモノにしたんだ。ステアだとモンスターを殴った拍子に壊したりもあるだろうし、ドラゴンに変化した時に耐えられないとか、そういうのは悲しいだろ?」

「アルフォート、アルフォートはホントに我のことを喜ばせてくれる! こんなにもこんなにも嬉しい気持ちは初めてじゃ! 愛してる、大好きじゃ! そんな言葉では言い表せない程、我は幸せじゃ!」

「ふふ、僕もだよ。ステアからそんな言葉が聞けて、嬉しいし、愛してるだけの言葉じゃ表現できない」


 そして道の往来で、抱き合う二人は、唇を初めてまじあわせたのであった。

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