第15話 ロックバードのタタキ。
「アルフォート、婚約指輪は渡したのか?」
っと父からお昼の戦争が終わった後の休憩中に問われたアルフォート。
ステアは母親とレッスンの真っ最中で、離れている。
「いやまだだよ……成長もあるし、そもそも変化というモノもあるし。指輪が壊れちゃうよ」
「ふむ、お前はモノを知らぬようだな」
ともったいぶる親父がウザったいと感じるアルフォート君。
「変化の術を使う奴らが、いちいち指輪を外したりすると思うか?」
「いや……それはメンドクサイ……まさか、魔道具に変身に対応する指輪が有ったりする?!」
「今の一言でよくそこまでたどり着いたな。冒険者をキチンとやっている証拠が見れて俺は嬉しいぞ」
と親父が抱き着いてきそうになるので、かわす。
ステアになら抱き着かれたいが、暑い昼の中に親父になぞ抱き着かれたくない、複雑な年齢のアルフォートである。
「く……親の好意を……」
「今まで散々だったから、反射で避けただけです」
嫌味で返すアルフォート君。とはいえ、親父が貴重な情報をくれたことには違いないので、手の平は回っていたが。
「でも、高いんだよね?」
「いや、俺の伝手で金貨二十枚ほどだ。防火とか付けるともっとするが……それぐらいなら貯金があるだろう?」
「普通の冒険者は金貨を二十枚も貯金してないっての……僕はこの前の報酬でもってるけど……次の上級者ダンジョンの用意を考えるとなぁ。包丁やまな板なんかも新しくしたいし」
「この甲斐性なしが!」
と腹を殴られるアルフォート。
とはいえ、そこまで痛くない。アルフォートが冒険者として鍛えられてきている証拠と、親父がそこまで力を入れていないからだ。
「お前は愛する妻に、プロポーズでリングを送ることより、冒険が大切なのか⁈ 貴族としての名誉を得る方が大切なのか⁈ それは否だ、否にきまっておる! 相手への愛をキチンと示してこそ、好意! 愛情!」
「なんでその愛を息子に向けなかったんですかねぇ?」
「むう、息子が意地悪だ」
すねるアルフォートに困り顔の父親。
反抗期も同時にやってきた感じを覚えるアルフォート。
「とはいえ、ステアの前でキスをするのは止めて下さい。教育上良くないんで」
「うむ、確かにそれは正論だな。今度から自重することにする!」
自信の間違いを冷静に認めてくれる親父が気持ち悪い。
前までだったら、『そんなことしるか』と一喝で終わっていたというのに。
「しかたない。キッチン用具はうちのを持っていくとイイ、選別だ。どうせお前のことだ、戦闘にも使っているのだろう? 俺のお古……とはいえ、一応の手入れしてある戦闘用の道具を譲ってやろう! 包丁なんぞはアダマンタイト製だぞ!」
「親父……!」
アダマンタイトといえば、ミスリルの次に貴重な鉱物で、一番硬い物質だ。その包丁と言えば、ありたいていに言えば、力さえ足りれば何でも両断できる。金貨で言えば百枚相当の代物で一生、使えるモノである。
「お前も上級者の域に入ってきた、だからその祝いだな!」
照れ臭そうにする親父なんて初めて見たアルフォートだが、後光がさしてさえ見える。
「あと、足りない金貨の分はそうだなぁ……お前、今日、とある貴族のメインの料理をやれ。その報酬で十金貨を渡してやろう」
「……親父、それって……」
「そうだ、お前はよくやっているのは判っている。皿洗いの一からしごき直したが、今では三番目に重要なスープの番まで許せている。だから、お前を信頼して試してやろうという訳だ。腐っても八レベルだ……だが、失敗したらわかるな?」
「わかったやってやるよ、親父!」
アルフォートが取り出したのはロックバードの生のささみだった。それと一緒に氷を空間収納から取り出した時には、親父に正気かと疑われた。
そして出来た料理を貴族に出す時、つまりディナータイムとなった。
太った体の男性と美人な奥様の組み合わせで、美食を堪能しつくしていることが、コースを楽しもながら歓談していることから判る。
これから驚くだろうなと思うとアルフォートは自身が楽しくなってくるのが判る。
料理を運ばせて、さぁ、来いとアルフォートは構えた。
「シェフを呼べ!」
まってばかしとばかりにアルフォートは【それ】を一口をも食べずに言う貴族の前にかしこまった様子で現われ、笑顔を浮かべる。
「はい、私はオーナーの次男坊であります、アルフォート・パワーフィールドでございます。何か、問題でもございましたか?」
「これは生肉ではないのか⁈」
と、指さされるメインの料理は、周りこそ白くなっているモノの、中身は見た目こそ生の状態のロックバードの肉だった。
「はい、今回、料理をさせていただきましたモノは【ロックバードのささ身のタタキ】となります」
「【タタキ】だと……?」
自身の知らない言葉に戸惑う貴族。
アルフォートは内心と表情で笑みを浮かべながら説明を続ける。
「南方の料理です。
作り方は、筋をとったロックバードの肉を沸騰した湯に入れ、全体の周りが白くなったら、氷水で冷やす。そして完全に冷えたら、水気を切る。そして切っていけば完成です。表面をお湯でしっかり消毒してありますので決して生肉では無いですし、安全も保証いたします。もし、何かあれば、私の【パワーフィールド家】からの追放をかけましょう」
しれっと、もう既にパワーフィールド家ではないのだが、そういうアルフォート。ただ、自信満々に言う彼に対して、うむむとうなる貴族の方。
「問題は味だ、味!」
と、恐る恐るそれをフォークでつつき、黒いタレと緑色の薬味をつけて食べる。
「え」
その貴族が理解不能だとばかりに固まった。
そして、アルフォートの方を観て、
「うまい……なんだこれは、ロックバードの野性味あふれる味わいとまるで新鮮な魚を生で食べている時のような感触。しかも、醤油が特にそれを引き立てている……添えられている、緑色の薬味につけるとピリッと引き締まり……なんだこれは⁈ 今ままで食べたことない、旨い!」
「ワサビという、東洋の薬味です。特に、生の魚に使われるものですが、今回はそれを使わせていただきました」
「いや、ワサビは知っているぞ! だが、今までこんなに鮮烈な味わいのワサビを食べたことない?!」
「自分、空間収納持ちでありますので」
空間収納は、鮮度を落とさない。
だからこそ、昔に非常にレアな機会に買っていたワサビもツンとした表情を残したまま、擦り下ろすことができたのだ。ロックバードのささ身だってそうだ、自分でとったものを、自分で解体し、非常に新鮮なままだったからこそ出来る芸当だ。
そしてアルフォートが説明している間に皿が空になってしまった。
「ご堪能頂いたようで、ありがとうございます」
「満足じゃ、あぁ、参った! ここまでロックバードが美味しくなるとは思わなんだ! 今度もこれを頼むことはできるか⁈」
「生憎、不肖の私は冒険者の身でもありますので、厨房に居ないこともございます」
「そうか……残念だ」
「しかし、オーナーでもこれは作ることは可能かと存じます」
裏方から親父がアルフォートの事をギョッとした眼で見てくる。
そもそも【タタキ】なんて手法は親父も知らなかった南洋の技術だ。
作っている最中に、本当にそれでいいのか⁈ と驚かれたのはそれが理由だ。
「判った。アルフォート君。今後も、君のことを応援させて頂く。ありがとう、今日は本当に美味しかった!」
とデザートを食した後、アルフォートを再度呼び出した貴族はそう言い、奥様と出て行かれる。
そして軽く裏方でガッツポーズを取るアルフォートは何だかんだ言って料理人の子供なのだと、自覚を促される。
「や、やるじゃねーか……、俺も鶏肉を生で食べる方法なんて知らなかったぞ?」
「ミーアさん……、お世話になってる超高レベル冒険者から聞いたんです」
ミーアさんが、『生で鶏肉を食べる方法ってしってるかにゃー?』って教えてくれたのがきっかけだ。なんだかんだ、彼女は超高レベル冒険者だ、色んなところの色んなことを教えてくれた冒険者の師匠である。
「判った、後でレシピを教えてくれ。金貨三十枚を追加してやる」
「親父……」
「完敗だ、俺もまだまだ修行が足りないということだ。クソ、レベル十にあぐらをかいていたらダメだという事だな。息子に教えられるとは……!」
そして貴族のうわさから、【ロックバードのタタキ】を求めるモノは増えに増え、【パワーフィールド亭】の名物料理になったのは、遠くない未来の話である。
しかし、直近の話をすればステアと寝る前にアルフォートが冒険者カードを観たら料理人レベルが九になっていた。
いままで、何を作っても、何回作っても上がらなかったレベル。
もうあきらめていたレベルが上がったのだ。
アルフォートは嬉しく思い、それをステアに話し、お互いに楽しく時を過ごすことができたのであった。
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