第一部完

第31話 魔王と国王の密談コース。

「うむ、中々であった。

 親父殿には及ばぬが、珍味が多く、余も久しぶりに食というのを楽しめた」

「ほう、その父とやらの料理も食べてみたいモノじゃ。

 私はアル君の料理が気に入ってはおるが……それよりとな?」

「魔王についてはアルフォート君の方が合うでしょうがね、味覚的に。

 なんせ、人喰いの作ったモノですもの」


 と、コースを食べ終えた三人にそう評価されると微妙な空気の部屋に入りづらくなるアルフォート。

 アルフォートの屋敷。

 その屋敷の主であるアルフォートの上をいく三人の発言は、料理人として最高の腕前を振るったアルフォートは良い評価に嬉しくは思うが、堂々と人喰いと言われては体面も無い。


「ククク、マザードラゴン。アル君をドラゴンにするつもりではないのかね?」

「いいえ、まさかまさか」

「まぁ、そういう事にしといてやろう」


 黒いローブの魔王と対照的に白い服のふくよかな胸をしたステアママは白いドレスを着ている。ステアママは微笑むが含みがあって笑っているようにしか見えない。


「アル君は一度、殺した。

 貴様の娘もな」

「あらステアったら……まぁ、年端のいかぬ少女ですが、人間なら十歳で才を見せて二十五には魔王を倒せるモノもいるというのに……情けない」


 意味深に魔王をみるステアママ。


「あの時は油断しただけじゃ。あと、二人、あれは人間としてチートの二人を連れておったでは無いから! あと、あのくそ生意気な小妖精!」

「負けた言い訳にしか聞こえませんよ。

 私とて……今は歳を取って……今タイマンやったら負けちゃいますよ、魔王ちゃん」

「狸めが……お主が五百年鍛練を怠るわけあるまい」


 魔王がステアママの言葉に歯ぎしりするように言う。


「アルフォート君、いらっしゃい」

「はい」


 ステアママの威厳のある言葉にビビるかとおもっていた自身が嘘のように消え、普通に料理について呼ばれたシェフのように入れてしまうアルフォート。

 確かにステアとの出会いの件といい、怖いという感覚が元々から若干欠落していたアルフォートではある。


「君は人を食べた? そうね?」

「はい、食べました」


 しかし、死に触れてから更に欠落していたかのようにも見える。ステアママの威圧感ある質問にも全く物怖じせず応えたからだ。


「……貴方は極刑になることを存じてますよね?」


 言われ、改めて考えていたことをアルフォートは言う。


「謁見の時の言いかけた言葉はそれですよね。ドラゴンになっても人間のままであっても貴方には利益になる。

 国としてもそれでドラゴンが一体増えれば、増強につながる。

 だから見逃された」


 何故、ステアママと再会した時に見逃されていたかだ。


「――ご明察」

「……だが、公国の法では死罪ぞ、ドラゴニル」


 王様の貫録。

 いつの間にか剣をアルフォートに抜いてきて、テーブルの上に立っていた。

 その速度は素早く、対応できない速度であった。

 アルフォートにして『見えた』ぐらいである。


「魔王様、執り成しの程、よろしくお願いいたします」


 ミーアとの打合せ通り、魔王に投げる。


「一回、我が直に殺してるから死刑は為されている」


 言ってくれて心底ほっとするアルフォート。

 むやみやたらにアルフォートとステアを殺したわけではないとミーアから説明されていたが、なるほどという訳である。


「それは魔王の法じゃろ?」

「我は協定にしたがい貴様の代わりに死刑を実行してやっただけだ。

 それに人間の法に、蘇った死者を罰する法があるというのかね?

 もし貴様が死刑を実行するのなら、このものを再び蘇らせるだけよな。

 今度は魔人の民としてな」


 苦虫を潰すように国王の表情が、歪む。


「……異論、無い。

 アルフォート・ドラゴニルの死刑は実行されたものとし、不問とする。

 ただ、魔王、貴様に言われたからではない。

 マザードラゴンが見逃したからぬ過ぎぬからな」

「それはありがたい、借りを作らずにすもうというもの」


 二人は睨み合い、王様が刀を納め、席に戻る。


「まぁまぁ、良いじゃない」


 ステアママがパンっと手を鳴らす。


「今回はそんなつまらない話をしに来たわけじゃないんですし」

「あぁ、そうだな」


 自分の生死がつまらない話呼ばわりされるのは何だかなぁとアルフォートは思うが、一呼吸する自分が居ることに気付く。

 だが、気合を入れなおさなければならないのはここからだ。


「取り分はアル君が七、魔王軍が三できまっておるこのミスリル山脈の開発、街が一つ必要になるのう。

 人間と魔族の国境に街が一つ。

 管理はアル君に任せてよいと思うが、魔族領ということでいいかのう?」

「それは出来ぬ。取り分は発見した冒険者が好きにしていい権利をもつし、管理権はアルフォートで構わぬが、そこの地帯は我が領土とも言える。

 ならば、我が領に加えねばならぬ」


 王と魔王が睨み合う。

 領土とミスリル生成に伴う街の発展ならびに交易路を兼ね備えた街、それの利権を争うからだ。

 どちらも主張するに決まっている。そこをどう落としこむか、今回の難点であり、アルフォートの手腕が試される。


「平行線ですね。

 ……ローワンの街みたいに責任を取る名前だけの領主を置き、その上で中立都市としたく考えるのはいかがでしょうか。

 東門を人が、西門が魔族側が管理する街。和平の象徴として十分価値が生まれ、交易も盛んになるかと」


 そんなに難しい話でもない筈だ。


「異論ない、アル君が領主になるのであれば」

「私も賛成。アルフォート君ならいいわよ」

「っ……賛成じゃ」

「指名いただき、有難いんですが……えっと」


 とアルフォートが三人の熱い眼差しに圧倒され、言葉に詰まる。自分が指名されるとは思わなかったからだ。


「拒否権は有りませんよ?」「無いぞ」「無いね」

「……はい。それは判っておりましたが、何をすれば」


 領主としての仕事の大半をセバスチャンに丸投げしているアルフォートが困る。


「困った人、魔族が居たら、助けたらいいのだ。諍いが起きたら仲裁すればいい、それだけだ。シティアドベンチャーの冒険者、そのものだ」

「公国の法を真似て作ったのが魔王国だからのう、特に難しいこともあるまい」


 魔王がそう手のひらをブラブラさせながら続ける。


「それに、ある程度大きく成れば、アーロンと同様に勝手に街が動き出すから問題なかろう」

「そういえば、魔王、よく四割もアーロンの合議制に魔人を送り込めましたね。

 ここ五百年は有ったとはいえ、無駄な殺し合いをせず、ゆっくり浸透するように……」

「有能な部下がいるでの」


 ミーアのことだろう。


「といっても、友好条約は守ってくれているみたいで助かるわ~。

 魔王蘇生の話の時、飛んで飛び込んだのがついこの前のようね。

 代々魔王はその魔力の膨大さと特性が故に蘇生できない筈だったのに」

「そこのネタばらしはせぬよ」

「別段、今の魔王を殺す理由は公国やドラゴンにとってはないのですけどね」


 魔王が黙ってろとアルフォートに一回、目線を送った。

 ミーアの言っていたことは最上位の秘密なのだろう。


「それに……魔王軍としてもだな、友好国である貴国に対して、危害を咥えぬわ。一度、お主と勇者に殺されて理解したのじゃ。

 我は……貴様らが魔と申す、我ら魔人・魔族とて、死の前には同一に無価値であると。

 だから、再び魔王の名の元に誓うが友好国である限り公国には手を出さぬよ」


 魔王は遠い眼をしながら思い出す。


「あらあら、相変わらずの死んでからは達観したお考えで」

「だからこそ、結果で見せつけたろう?

 この五百年の動きを」


 魔王は、拳を握りながら言う。


「この世で魔のモノという迫害を無くすために、それぞれの魔人を力で抑えつけるのではなく、法でまとめ上げあげた。

 食いしばらねば多種多様な魔物を市民とし、魔人と称して統制するなど不可能な事だったよ。絶滅させた種もいる。

 更に言えばお主ら公国と仲良くした方が良いと言い始めた時、無論色々あった。だが、今は纏まり、繁栄している」

「えぇ、確かに五百年。

 人が変わったように、魔王は路線変更しましたよね。

 人類ならびにそれに加担する種族の抹殺、それが魔王だったのに」


 昔の事を思い出すように、首をかしげるステアママ。


「だがその路線変更に暗に同意したのはマザードラゴン、お前もよな。

 でなければ、ローワンの街を放って置いたりするまい」

「仰る通りで、ドラゴンとて一部では特に南の帝国では魔のモノ扱い、十分に乗る価値はありましたし」


 そんなかんなで話がまとまったのであった。

 そして調印式が王様と魔王の二人でローワンの街で大々的に行われた。

 アルフォート?

 新しい街を作るための移民を募ったり、資材を募ったりの為に奮闘することになる。

 季節は山に雪が降り始めていた。

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