第24話 アルフォートの売り方。

「なななな、何を言っておるのじゃ!」


 ステアが激高し、立ち上がると同時にテーブルが叩き割られた。

 それに伴い、皆が思考を停止してみせるがミーアだけは余裕の笑顔だ。


「本人を売る訳じゃないにゃ。本人の技術を売るにゃ」

「……?」


 皆が訳が分からないという表情をするのでミーアは益々、絶好調になっていく。


「……つまり料理レッスンをするということか、ミーア?」


 アルフォートが口を出せた。しかし、ノンノンと首を振るミーア。


「レシピを売り出すにゃ。

 つまり、アルフォートの技術を本にして売るのにゃ」

「……本?」


 ステアの無知がクエッションマークになって頭上に浮かぶ。

 それもその筈だ、本とは高級品だ。恐らく、ステアが眼にしたことのあるのは、ギルドで束になっている冒険者情報表ぐらいだろう。


「そう、本にゃ。

 簡単に言うと、紙……つまり、冒険者たちが取り合ってるモノがあるじゃにゃい?

 それの中身を冒険の依頼ではなく、アルフォートの知識で埋めるにゃ。そして束にすれば、誰でもアルフォートの料理が再現出来るという訳にゃ」

「但し、本人のレベル如何によって、味が変わって来るけどね」


 アルフォートがようやく口を挟む準備が出来た。


「それを一冊ずつ書いて、売れと?」

「んにゃ、魔族領では一冊作れば後は複製が可能にゃ」

「な?! 魔族はそんなことまで出来ておるのか⁈」


 驚いたのはセバスチャン。そりゃそうだ、今まで本と言えば原則、写本か原本だ。それによって手間がかかり、増産も出来なく、本自体が貴重なモノ扱いされる。人の手による増産体制が取られている初級魔術書ですら金貨三十枚はする。


「魔族でも最新技術だけど、ここはこうコネで持ってきてあげても良いにゃ。

 アルフォートには料理の難易度順に分けて貰った紙の束を作って貰えば、それで製本が出来るという寸法にゃ。

 難易度順に少額から大金にしていけば、料理人を目指す人には重宝されるし、いい稼ぎになるにゃ」

「誰でも料理が作ることを目指せるって……それって凄いことじゃないですか⁈」


 料理人レベルは兎角、レベルを上げずらい。レシピが口伝だったり、間違った手順を踏んだりして解毒をミスったりして死ぬ料理人は多い。

 だから、この前の戦勝会も自分が全部作る羽目になった。


「そんな本を始めに出したとなれば、僕の偉業にもなりますし。箔もつきます! あ、でも……」

「出したくない技術。例えば、今夜出したタタキなんかやパワーフィールド家に伝わるなんやかんやは省いていいにゃ」

「それなら問題ないか……」


 アルフォートが口ごもるとミーアは懸念点を捻りだし、潰す。


「この印刷技術と製本技術を魔法スキルや格闘スキルなどの本で使われると人間世界の地図が大きく変わるにゃ。だから第一前提として料理レシピ以外には使わないということを約束して欲しいにゃ」

「判った。仮に、それを使わせてもらうときは料理以外には使わない」


 アルフォートはミーアの真剣な眼に応える。

 するとミーアは、信頼を受け取ったとばかりに笑んで続ける。


「実際のところ、私にも実は利があるにゃ。

 一、料理本を出すことで皆の料理の底上げをすることで旅先でも美味しい料理に当たる可能性を増やすにゃ。それにレシピ本を魔王領に優先的に融通してくれれば、私の飯クオリティがあがるにゃ。私欲だにゃ。

 二、紙の調達は魔王国からしてもらう。約二十四ページ相当で十金と格安で仕入れることが出来るからにゃ。これでも魔王軍の財布にマージンが五金入ってくるにゃ。

 三、印刷機と製本機の代金は合わせて千金にゃ。これを後払いにしちゃおう。そのかわし、ドラグニル領は魔王領との境界線もあるから、そこを非課税にして貰おうかにゃー。今は非課税だけど、関税をされると色々と辛いにゃ」

「どう思う、セバスチャン」


 正直、人の為になるのなら有りだなと聞いていたアルフォートは問題ないかを確認する。


「……最後のだけは飲むと危険です。つまり、いつでも千金を返せと言われる可能性があります。それだけのお金を貯めこむまでの間、実質的に魔族領に組したも同然。牛耳られる可能性があります」

「うーん、実は組合が今でも四分の一は魔族にゃ」

「な?!」


 つまり実質的な所、経済と権力侵略をドラゴニル領には掛けられているということになる。


「それだけ儲かる場所で、これ以上を望むことはしないにゃ。休戦協定に関しても魔王様に誓った通り、アルフォートの領土には攻め込まない。借金を請求することも経済的に無理な時にすれば攻め込んだも同然。それはしないと、改めて魔王様に誓うにゃ。好きな時に払ってくれたらいいにゃ。

 あ、スパイ活動はしてるからそれだけは認めて欲しいにゃ」

「ウムムムム……」


 ミーアの事をイマイチ信用できないのだろうセバスチャンが唸る。とはいえ、魔王様に誓うと言っている以上、これは絶対だ。魔族にとって、野良で無いモノがそれで掟を破れば、魂まで消される極刑に処される。


「僕は良いと思うけどね」


 その唸りとは、反対にあっけらかんとアルフォートがそう応えた。


「経済に関してや権力闘争に関しては全くの素人だ、僕は。

 けれども一つ判ることがある。

 今、時点で攻め込んでない時点でミーアは僕の為になろうとしてくれている。

 それは確かな事実だ。

 だったら、信じるのが弟子としては正しいと感じる」

「……道理は通りますね」


 アルフォートがセバスチャンに確認を取ると頷いてくれるので、


「なら決定だ。

 ミーア殿、その提案を飲むことにする」

「殿とか……やめるにゃ、普通に師弟関係なんだからにゃ」

「じゃあ、ミーアさんで」


 ミーアの頬が紅く染まってこそばゆい様に、自分の手で頬を掻く。


「じゃぁ、その方向ですぐ頼むにゃ」


 そうすると手の親指と小指をたて、猫耳と口に近づけ、


『もしもーし、きこえてるー、テーズ。印刷機と製本機、一台ずつ、私のいる所に転送して。後、紙に関して百セットぐらいとりあえず転送。で、一か月毎に百セットの納品先にもなるから、行商人に持たせるよう頼むわ』


 と虚空に話をする。


「テーズ・リョナリオンか……⁈」

「知ってるのか、セバスチャン?!」


 驚くセバスチャンに合わせるように驚くアルフォート。


「魔王四天王の一人で、魔術工学の権威であります。もしや、魔族領の奥に居る筈なのに、ここから声が……」


 届いていたようだ。

 何もない所から、ドンドンと二台の見たことのない魔道具と、紙が百セットの束が湧き出てくる。


「魔族の魔法工学がこれほど進んでいるとは……」

「あ、驚いてるところ、悪いけど。通話は四天王と魔王様以外使えないし、転送についてはテーズの魔力スキルに関係することだから、誰でも使える訳では無いにゃ」

「いや、今ので確信しましたぞ。我が国はやはり魔族領と仲良くせねばと」


 震えながら言うセバスチャンに対して、ミーアはあっけらかんと、


「ん、そう?

 それはこちらとしても有難いかにゃー。人間って何を作ってくるか判らないし、どう使ってくるか予想外なことするから。それにマザードラゴン相手は魔王様が無事でいられる保証も無いしにゃー」


 マザードラゴン……ステアママのことだろうとアルフォートは勘ぐったが口には出さずに居る。どうせ、ミーアのことだ、ここら一帯がステアママの保有地だと、気付いた筈だからだ。だから好き放題、街を作り上げてきた訳で……。

 うん、思っていたよりも重圧が掛かる土地だということが判り、内心冷や汗もののアルフォートであった。

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