第10話 晩餐。

 その日は、全ての客が帰った後、『パワーフィールド亭』で家族だけの晩餐が行われた。

 親父も飲むし、歌うし、兄はそんな親父に絡まれてげんなりしていた。母親も久しぶりの上機嫌の親父にちょっと戸惑い気味である。

 それでも料理人スキルレベル十である、親父と兄の作る料理は凄まじく美味しく感じることができた。

 やはり最高位との差は大きいなぁと感じてしまうアルフォートである。


「余興だ、アルフォートも何か作れ」


 と言われたので、悩んだ末、以前に作ったオークのカツサンドを再現しだすことにする。

 受付さんやミーアさんに食べさせて好評だった一品のまま、オーク肉の下処理も、材料も全部一緒だ。


「どうぞ」


 親父と兄貴に出す。

 ゴクリと固唾をのむアルフォートだったが、


「なるほどなぁ、これなら携帯に向いてるし、モンスターを臭みなく処理で来てる。良い料理じゃないか。冒険者としては、よく生活で来てるのが判る! よくやってるようじゃないか!」

「僕も外で料理の材料を探せと言われたら困るからねぇ、弟はよくやってるじゃないか!」


 っと二人とも普通に褒めてくれたので拍子抜けした。


「ステアちゃん……ドラゴンだったからしら? それでなんでこんな倅を好きになったのかね?」


 晩餐に出てきた母親がそう質問する。


「一目惚れじゃ、いい匂いもしたしのう!」


 ステアはふんすと無い胸を張って自慢げに言う。可愛い。

 そしてステアはアルフォートの肩をよじ登り、スリスリと頬ずりをする。


「アルフォートは?」

「確かに命のかかった状態であったが、それでも僕も彼女に婚約してくれと言われて、運命を感じたんだ。こんな僕でも好いてくれる人が居るんだと」


 そうアルフォートはステアの頭を大事そうに撫でる。


「お父さんが不器用だからちゃんと愛情が伝わってなかったのは、さっき聞いたから判ったけど、それでいいの? アルフォート?」

「僕は後悔なんかしてない。実際、彼女のドラゴンの姿も凄く奇麗なんだ」

「ほほう、今だったら、誰も居ないし、このホールで収まるのなら変身を解いて見るとイイ」

「いいのか? アルフォート?」

「大丈夫だ、この店は君がドラゴンになっても収まるほどの広さがある」


 えいっと、ステアが力を入れると、ドラゴンが現れた。

 赤い眼差しに、赤くきらびやかな鱗、そして恐ろしいほどに磨かれた爪。アルフォートが最初に見惚れたままのドラゴンの姿であった。


「ほら、可愛いでしょ」


 アルフォートは言いながらステアの顔に抱き着く。

 が、他の面々はアングリと顎が外れそうなほど、驚きを隠せずにいた。

 本当にドラゴンだとは、眼をもってしてようやく理解出来たのであろう。


「可愛い可愛い言うでない、ドラゴンには威厳というモノがだなぁ」

「可愛い僕のステアだからいいじゃないか」

「むー」


 と頬を赤らめると、若干、皆が部屋が暑くなったような気がするのは気のせいではない。興奮とのろけで熱をドラゴンが発しているからだ。


「確かに、俺が調理したドラゴンよりは小さいが、生きているブツは初めて見たぜ……戦って勝てるかどうか……」

「親父に同意」

「私もお父さんに同意」


 と三人が恐怖という顔で滲む。


「何というか僕ら二人、ドラゴン目当ての輩に殺されかけまして……まだまだ不肖なのでこの件はばらさない様にお願いします。特に親父、偉い人とかに話したりしたら狙われかねないから頼みます」

「あぁ、判った。必要なとき以外は他言しない」


 その有様はドラゴンの威を借る人間である。


「ステア、元に戻っていいぞ」

「元はこっちなのじゃが……、ほいっと」


 そうすると六歳児のステアがポフンとアルフォートの胸元に収まる。


「だが、こうアルフォートに抱かれている方が安心するのは確かなのじゃ」

「それは僕も嬉しい」


 ニコニコと二人で笑い合う姿は微笑ましいが、他の三人からしたら恐ろしいモノを観ているようなものである。簡単とは言えぬが、ステアの機嫌を損ねたら命を落としかねないのは確かだ。ただの料理人が勝てる訳が無いのだ。父も兄貴もレンジャースキルは保有はしているが、それでもだ。

 一般的に言えば、子ドラゴンなら狩れるキャジや歴戦のギルドマスターの方が例外なのだ。


「でだ、アルフォート、先ほどの続きの話をしようじゃないか」


 親父が水を飲んで、アルコールを飛ばして真面目な顔をする。


「ドラゴニル家の話?」

「そうだ。先ず最初に重要な事を言っておく。お前はその名を継いでいい、そして家の再興をすることも許可する。兄であるこいつはパワーフィールド家の跡取りとして料理人を継いでもらわねば困るのでな」


 と兄が、右手でムンズと持ち上げられる。いつも思っていたが扱いが可哀そうな兄さんだと思うアルフォート。


「ドラゴニル家は元々、ドラゴンと混血した家系で何かしら特有の技術を持っていた。そして何代かにわたってドラゴンの血を取り込み、強くなっていった経緯がある」


 そして、コホンと一息を入れて水を飲み、続ける。

 アルフォート自身も特殊な技術として浮かんだのはドラゴンライダーのことかと、固唾をのむ。


「ただ、余りにも混血を進めすぎた結果、病が出、何代も何代も重ねてそのドラゴンの血を薄め、それと共に没落していったんだ」


 だが、出てきたのは没落していった本当の理由で、肩透かしを食らうアルフォート。


「疑うなら、ギルドマスターあたりなら知ってるだろうから聞いてみるといい。竜騎士の歴史にもドラゴニル家が何代もわたって王家に仕えてきた歴史が記されているから、図書館でも良いな」

「そんな歴史、知らなかった……というか、何で教えてくれなかったんだよ⁈」

「もうドラゴンとの対話手段も失われていたのが一つ」


 人差し指を立て、次に中指をもう一本立てる父親。


「二つは俺の才能が料理に全振りだったからだ。そして富豪の娘の母さんと出会って、恋に落ちて王都で料亭を始めたら大繁盛。息子たちも当然、そんな昔じみた話をしても意味がない、料理を教えた方がマシだと考えていたからだ」


 筋は通っている。


「ただ、お前は十分にドラゴニル家を再興する権利を手に入れた。ステアというお嬢さんをもってしてな! そして冒険者としてもレベルが上がっている件からもちゃんと自活できていることが判る。だから俺の持っていた無用の遺産であるドラゴニル家の名前はお前に継がせることにする」

「……!」


 今までは漠然とした目的で、親への反抗として家の再興を掲げていたが、それがまじかに迫ってきた形で驚く、アルフォート。しかも、親父に認められる形で可能だと言われたのだ。これほど、心強いことも無い。


「家の再興が出来る……?」


 震えてくるアルフォート。今まで自分がやってきたことが無駄でもないと親父に認められたのも大きい。


「だが、家の再興をするには王に謁見したり、爵位を得たり、領地などの運営などもしなければならない。その宛てが無いだろう?」

「もちろん、ありません」

「もし、お前が領地を手に入れた後の運営は俺のコネをもってして人材を送り込んでやるから安心しろ」


 と、大きな腹を叩き太鼓判を押してくる親父が頼もしい。


「とはいえ、王の謁見や爵位自体は自分で何とかしろ。俺も財界や政界の人物にコネはあるが、王が食事に来たことなど、一度、お忍び――といえばいいのか、なんつーか、しかないからな」


 一度のお忍びでも十分だと思います、親父っとアルフォートが驚く番だ。


「冒険者なんだから、自分で道を切り開いて見せろ。そしたら足りない部分は助けてやる」

「親父……実は結構、子供の事、思ってくれてるんだな」


 っとアルフォートが茶化すように言うと、親父はワインの入ったグラスを一杯、かっくらい。


「俺はな、不器用なんだよ!」


 そう叫ぶのであった。

 なるほどなぁ、とここにいた皆が思った。

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