第9話 パワーフィールド家

「さて、久しぶり……というかほぼ二年ぶりに来たわけだが……」


 ゴクリと喉を鳴らしてしまうアルフォートは逃げ出してしまいたいということを抑えながらなんとか立っている状況だ。


「アルフォート、親に挨拶が必要ではないのか?」


 ギルドマスター以外にもそういうステアの提案もあり、店の前に立っている訳だ。しかし、それでも緊張で棒立ちになるアルフォート。

 店は二年前と変わらず、大きく、門構えも立派だ。

 ステアの普段着(ドレス)の様に着飾ったお客さんの入りも上々で、彼らはディナーであるワインと食事を楽しんでいる。

 そんな活気づいた食堂を前にしてステアの左手を強く握りしめてしまう。

 

「嫌か、嫌ならいいのじゃよ? キライな事から逃げてしまっても悪いこととは限らんからな」


 ステアが六歳児の姿に似合わないことを言う。ただまぁ、実際は四百九十歳なのでそこらへんを考えると年の功とも言えない訳でも無いが。


「いや、どうせしなきゃいけないことだ。僕等を観て貰おう」


 そう決心がついたのはステアに握り返される右手のお陰だ。

 僕は今までの僕ではないと、しっかりと自覚できたからだ。


「いらっしゃいませ、ご予約は?」

「しておりません。パワーフィールドの次男坊が来たと親父に伝えて下さい」


 受付に言われるので、門前払いされればそれまでだとアルフォートは自信を持って言う。


「⁈ かしこまりました。少々、座ってお待ちください」


 待機席に座らされるアルフォート等はスグに、奥の個室に移動することになった。


「よう、弟よ」

「⁈ なんだ、兄さんか。ホッとした」


 声を掛けられ緊張してたアルフォートの方が爆発したように上がったが、親ではなく兄としり、緊張が解けた。


「親父は今、当然の通り、厨房の戦場で働き中だ」

「そうだよね、夕食時だ」

「俺もだが、不肖の弟が帰ってきたと言われてはな、対応せざるえんだろう。どうせ、日銭も稼げん冒険者となって死ぬのが見えていたが、ようやく見切りをつけて厨房に戻ってきたんだろう?」

「帰ってきたとは言ってないんだけどなぁ、受付の質が下がってません? 僕は来たと言っただけで……確かに帰ってきたという事実はあれども、厨房に戻るつもりはありません」

「あん? どういうことだ?」


 口調は悪いモノの、兄である彼は優しそうな眼付きで弟を観る。


「婚約者が出来たので連れてきました」

「婚約者……どこに?」

「ここじゃここじゃ!」


 六歳の少女を無視して眼を左右させる兄の対応は当然だ。そして、ステアがそれに文句を言うのも当然と言えた。


「ははは、本当にこの六歳児を……って尻尾、人間では無いのか?」

「ドラゴンじゃ、名をステア・ドラゴニアと申すモノじゃ。このような場は初めてなので無礼があったら許してくられ」


 ちょこんとドレスを両手でもちあげ、軽く礼をするステアも可愛いなぁ、とアルフォートは感じる。

 対して兄の思考が止まったように、表情が固まった。

 どうしたものかと、悩んでいるという所が正直な所であろう。


「……弟よ」

「はい」

「マジでドラゴン?」

「間違いなくドラゴンです」


 固まる兄貴。


「……親父、呼んでくるわ……俺じゃ対処しきれん」

「ごめん、兄さん」

「いやいい、流石に想定外だったからな……」


 兄の顔が悲痛という顔になり、胃を抑える様に出て行った。

 兄さん口は悪いけど、弟思いで繊細だからなぁ……アルフォートは同情の念を向けざる得なかった。何度も助けてくれた思い出を思い返しつつ、今度、何かで労おうと考える。


「ドラゴンの娘はどいつだぁ⁈」


 とばかしにバコーンと扉を開けて入ってくる、筋肉質の親父。顔はアルフォートに似ているがさらに強面にした感じである。それよりなにより狂気的なのは両手には包丁をもっており、ドラゴンを今ここで始末してやらんかの様子だ。


「ひぇえええええっ?!」


 ステアがアルフォートの後ろに隠れる。

 そりゃそうだ、この前だって危ない眼にあったばかりだ。強い人間に自尊心をへし折られ、自分に不信にもなっているのが今のステアだ。可哀そうに。


「ステア、大丈夫。いざとなったら僕が守るから」

「アルフォート……」


 と、後ろからフィアンセを抱きしめるステア。

 ほのぼのとした空間が展開されるが、そうもいかない。


「アルフォート! それがドラゴンの娘か⁈」

「そうだ、そして僕の婚約者だ!」


 大きな声には大きな声をと自信を持って返すアルフォート。その面構えを観て親父はニヤリと笑う。そして空間収納に両手に持っていた包丁をしまう。


「なんだ、お前。よくもまぁ、ドラゴンなんぞを見つけて来たな⁈」

「偶然だったんだよ。それでも冒険者としては自活しているし、親を頼りに来たわけでもない。ただ、近くによったからステアを合わせようと思っただけだ。何か悪いか、親父!」

「そうじゃ、我がドラゴンの娘、ステア・ドラゴニアじゃ。アルフォートとは婚約の儀をもうすでに終えておる!」

 

 ステアも負けじと大きな声を張り上げ、炎の勢いがごとくアルフォートの前に出てくる。

 そうと言い切るアルフォート達に親父はガハハハと笑みを浮かべる。


「いや、何、お前の代でドラゴンの花嫁というウチの家系の話が再現されるとは思わなかったんでな、驚いただけだ!」

「……はい?」


 アルフォートは聞いてないぞと、疑問符を親父にぶつける。


「お前はパワーフィールド家ではなく、ドラゴニル家の血筋の方が強く出たようだな!」

「なんだ、その話は……って、親父は婿養子……元々の家名……?」

「そうだ、貴族だった時の名残り形見だ」


 親父はそう言いながらドカッと大きな音を立てて椅子に座る。

 体重でギシッと軋むが、大丈夫なのだろうか。


「お前には伝えていなかった話だ。話す前にここを出て言ったからな! 元々、貴族となった祖先はドラゴンと子供を為した冒険者だったんだよ。それでドラゴニルという苗字だったんだ」

「ほう、それで通りで良い匂いが最初にしたわけじゃな」


 ステアが納得する。

 ドラゴニルという名前、もし機会があればステアママに聞いてみたいとアルフォートは思うが、そうそうこないだろう。今、彼女の居場所は全くもって不明だ。


「くくく、お前がなぁ……料理レベルはあがったのか?」

「八のままだよ、父さん。けれどもレンジャーが二上がってる」

「そりゃそうじゃろうてここより良い修行場なんてあるわけないんだからな!」


 自信満々の親父は、レンジャースキルのアルフォートの頑張りを認めてくれない。それに不満をもつアルフォート。やはり、親父は子供に愛など持っていない、そう思ったからだ。


「とはいえ、ドラゴンの娘とやら……ステラと申したか?」

「ステア! ステアじゃ!」

「ステアじゃったな、我が不肖の息子を好いてくれてありがとう」


 ここまで見事なまでに九十度折れ曲がる例をアルフォートは全く見たことが無かった。親父なぞ、確かにお客様には軽く頭を下げることはあっても、謝罪経験などない無敵の料理人だ。

 驚きを隠せないアルフォート。

 ステアはそれを観て、ふん、と満足そうに無い胸を張る。


「こいつは生まれからして弱々しくてな、幾ら俺が鍛えても料理人レベルが九にならなかった」


 随分しごかれた思い出が思い返されるアルフォート。


「それで、家を飛び出した。もう生きて帰ってこないモノかと思ったが……なんというか、立派になってよかった。自分自身で生きれるようになり、その上、ドラゴン迄、手に入れるとはな……!」


 と親父がボソリと言った言葉。

 けれども、アルフォートは初めて自分が褒められたことに気付く。


「親父、今なんて……!」

「立派になったな息子よ! よく帰って来たな! と言ったんだよ、照れくせえこといわせんじゃねぇえ!」

「親父……今までずっと、愛なんてある訳ない、いつもいつも訓練ばかり。親の愛情を欲しがっていた僕はそんな日々に嫌気がさして、飛び出したのに、今更なんでそんなことを言うんだよ!」


 激高するアルフォート。

 そう彼の好かれた相手に好意的になるというのは、この親父の厳しすぎた教育の反転であった。だからこそ、ステアに婚約を申し出られた時、嬉しくなってしまい受け入れたというのに。


「俺だって人の親だ。心配ぐらいすらぁ! お前が居なくなってから二年間、ずっと親らしいことをしてやれなかったと心配してきたんだ」


 嘘だとアルフォートは疑心暗鬼になる。


「じゃあ、何で先に兄貴が来たんだよ!」

「金の無心か、戻ってきたいのだろうと考え、厳しく接しなければとそう思ったからだ! だが、今は違う。受付のミスがあったのも謝る。お前は十分、生計を立てられる立派な一人前になり、妻になるドラゴンも手に入れた。ちゃんと一人前と接してやるのが筋だろう!」


 そう言い、彼は立ち上がると息子であるアルフォートを抱きしめる。


「立派になって良く戻って来たな、息子よ!」

「痛い痛い、親父、痛いから……」

「二年分、いや、産まれてきてくれてからの十六年分の愛はこんなものではすませられない! 本当にすまなかった!」

 

 グリグリと撫でられるアルフォートの姿を観て、ステアは笑みを浮かべるのであった。彼女自身も良く母親に抱きしめられていたからであった。

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