第20話 やっぱりいらない〈陽翔〉
「……………うーん、可愛いな」
「何が?」
オレ―――――伊吹陽翔が思わずそう呟くと、隣にいたサイドポニーテールの女子――――本条星那が言葉を返す。
制服とは違い少し緩んでいる私服姿の本条の姿を一瞥して、オレはそいつの鼻先に指を突き付けた。
「言っとくけどお前じゃねえぞ、バカ本条」
「わかってるけど? アホ伊吹」
そんな風に悪態を返してきた本条…………一応小学校から一緒なので、凪たちほどじゃないにしろ幼馴染に入るのだろうそいつは、はんっと鼻を鳴らして応戦する。
その姿に思わず「可愛くねえ…………」と呟くと、本条は不意に足を振り上げ、そして大地……………ではなく、オレの足を強く踏みしめた。
「い゙ っ!」
「今はこのぐらいで済んで、感謝してほしいぐらいだよね」
「いやお前ヒールだろ!」
約8センチほどの高さのあるそれを指さすと、「だから何?」と返される。
もはや凶器だぞ凶器、と呟いたオレの声は、虚しいことにガン無視された。
「…………で? 何が可愛いの?」
「アレ」
オレが小さく顎をしゃくると、買い物袋をぶら下げた一組の男女がいる。
それをひょいと除きこんだそいつは、その姿を認めると頷いた。
「確かにあれは可愛い」
「だろ」
伊吹とは意見が合わないと思っていたけど、これだけは合うよね、と呟いた本条に「こっちのセリフだ」と言葉を返す。
楽しそうに身振り手振りで何かを話す少女に、それを微笑みながら相槌を打って少女を見守る一人の少年。
時々聞こえてくる笑い声に、オレはふっと笑みを零した。
「…………そんな顔、するんだ」
小さく目を見開いた本条に、オレは肩をすくめる。
それを無視してスタスタと歩くと、本条が小さく息を吸うのが見えた、けれど。
「………………ねえ、伊吹、」
「ちょっと待て」
何事かを言いかけた本条に人差し指を当て、「しっ」と黙らせる。
その瞬間、「玲於奈、からかったな!?」と叫んだ親友の声が聞こえて、オレは思わず口元を緩ませた。
「うわあ……………気色悪い」
「とかいいつつオレと一緒に鼻血流してるやつが何言ってるんだ」
先ほど当てたばかりの人差し指に生温い液体が付着しているのがわかり、オレは思わず悲鳴を上げる。
「お前、昔はもう少し分別あっただろ!」と叫んだオレに、彼女は意表を突かれたように目を見開いた。
「………………でも、そういう伊吹だって、昔は人に近づくことさえ嫌がってたじゃん」
「………………ん、まあ。確かにな」
ボソリと呟かれた言葉に、オレは頷きながらも取り出したハンカチで指を拭う。
でも、と言葉をつづけながら、オレはハンカチのまだ汚れていない方を彼女へ向けた。
「別にいいって、思ったんだ。こいつらなら」
「……………あっそ」
悪くないだろ? と笑ってごしごしとやや乱暴に拭ってやると、されるがままだった彼女は次第に顔を顰め、オレからハンカチを奪い取る。
それから何故かさらに乱暴な手つきで鼻血を拭うと、彼女はポケットにそれをしまい込んだ。
「これ、洗濯してから返す」
「別に気にしないぞ」
「言っとくけど、勘違いしないでよ。あんたが嫌じゃなくても、私がいやなだけだから」
「わかってるって」
どんな時代遅れのツンデレだ、と呟くと、彼女はギロリと睨みつけてくる。
いつも本条の友人でもありオレの友人でもある凪や如月さんに向ける視線とは程遠いその鋭い眼光に、オレは思わず苦笑した。
「次そんなことやったら、あんたの家にロケット落としてやるから」
「宇宙開発をやっている本条財閥ならではの笑えないジョークだな…………。100倍になって却ってくることを期待してる」
そうオレが呟くと、本条はやっと満足したように頷く。
その姿をなんとはなしに見つめていると、彼女は不意に口を開いた。
「ねえ、はる――――――」
「……………星那ー? 伊吹くんー?」
聞いてるー? と首を傾げた友人に、オレたちは二人揃って立ち止まる。
パチパチとオレが目を瞬いていると、数歩先を歩いていた凪が、不思議そうに声をかけた。
「今夜鍋だから、みんなでうちによってくかって聞いてたんだが……………なんか喋ってたか?」
「っ、いや。凪の鍋はうまいから、絶対行くって」
「そっか。母さんが買ってきた変な材料も消費できるし、丁度いいんだよな」
そうオレに笑うと、「えっと、何鍋にしようかな…………」と凪が考え始める。
そんな凪の袖をグイっと握ると、如月さんは凪に顔を近づけた。
「ねえねえ、今日は私の家じゃないの?」
「絶対ダメ」
「なんで!?」
「ていうか顔近い。顔近いってば玲於奈!」
ぐいぐいと如月さんとの距離を懸命に放そうとしている凪に笑っていると、誰かが横に立つ気配がする。
その陰の主に「なにかいいかけたか」と端的に問うと、そいつは首を振った。
「なんにもない」
「そ」
事務的なそのやり取りに、オレはぼんやりと前を見つめる。
『恋』なんて、嫌いだ。
いや、違う。オレは――――――――
陽翔ー、と振り返った親友に、オレは小さく笑いかけた。
小さく頭を振り、思考を無理やり中断させる。
そして目の前の風景をじっと見ると、オレは垂れてきた鼻血をいつものように拭った。
「とりあえず、配給過多で死にそうです」
「陽翔?」
やっぱりオレには、親友の恋路を見守る友人Aの役がぴったりなのだと、小さく苦笑いする。
『恋』なんて、………………『婚約者』なんて、やっぱりいらないと、そう思った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
とりあえずここまででいったん休載となります。一週間ほどお休みを頂いた後、一週間に一回のペースで更新していく予定です。
これからは!!やっと!!!デート編に入ります!!!
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら星を入れてくださると大変大きなモチベーションになって嬉しいです。
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