季節制番外編〈バレンタイン・ホワイトデー・エイプリルフールetc……〉

バレンタインデーでの過ごし方


「何、この雰囲気」



教室に入った途端、何だかソワソワしている様子の男子生徒たちをみて、俺───——─天羽凪は思わず言葉を落とす。

それを聴いてか肩の後ろからひょっこりと顔を出してきた幼馴染は、「ほんとだ」と言って首を傾げた。



「何だかみんな落ち着いてない感じがするね」



こてり、と首を傾げた玲於奈の横で、なぜだか半眼の星那が玲於奈をじとりと見つめた。



「れー、昨日一緒に話してたじゃん................」

「え?................あ、そっか、『アレ』か!」



納得したように声を上げる玲於奈に、俺は横で感心したように教室の中を観察していた陽翔に顔を向ける。

「まだ期待してるのか、こいつら」と苦笑いした自身の親友とも言えるそいつに、俺は再び首を傾げながら教室の扉を潜り抜けた。



「期待って何を?」

「女子からのだよ。全く、うちのクラスは凪と如月さんというビッグカップルがいるから男子も落ち着くだろうと思ったのに。まあ、まだうちのクラスはマシな方か。...............本条によれば、女子は別に配る気ないらしいけど」



最初から最後まで意味がわからないその言葉の羅列に、俺は自分の席にさっさと座った陽翔に声をかける。

それに「なんだ?」と至極不思議そうな顔をしたそいつに、俺は痺れを切らして問いかけた。



「だから、何を配るんだよ」

「は?何って..............って、さっきからおかしいおかしいとは思っていたが、もしかしてお前気づいてなかったのか?」



如月さんという存在がいながらありえねえ..........と呟いたような呻いたような声を出す陽翔ははあと一つため息をついてからどこかを指さす。

とりあえずその指に自身のバッグをかけると、そいつは「おもっ! はっ!? おもっ!?」と叫んで俺を睨みつけた。



「おまっ、なんでこんな重い鞄毎日背負って学校行ってんだよ!」

「いつもはこんなに重くないぞ? 今日は配るやつがあるから、ほら」



俺がバッグを開けようとすると、「いやその前に!」と陽翔がもう一度先ほど刺した場所を指差す。

それを目線でゆっくりと追って行った先には黒板があり、書かれた日付には『2月14日』と書かれていた。



「それがどうした」

「気づいてなおその感想が出てくるお前はほんとにすげえよ」



それをじっと見つめてなぜ男子がそこでソワソワする理由を考えたが、やっぱりわからない。


結果論だけ端的に言って陽翔に向かって首を傾げると、どこか引いてるような呆れたような顔をしている親友ははあとため息をついて俺に視線を向けた。



「もういいや、馬鹿馬鹿しくなってきた。で、何配んの?」

「ああ」



諦めたように指された鞄に、先ほどの話の続きかと理解して、俺はかばんをよいしょと持ち上げる。

その途端ガサガサと中で鳴った音に、陽翔は怪訝そうに顔を顰めた。



「お前、本当に何持ってきたんだよ...............って.................」

「見てわからないか?」



その中の一つをひょいと取り出した俺に、「おいおいおいおいおい」と陽翔が頭を抱えたのが見える。

何でいつも茶番が始まるこうなるんだ、と呻いた陽翔に、俺はまだわからないのかと首を傾げた。



「チョコレートだ」

「なんでお前はそっち贈る側なんだよ!!」





◇◇◇◇◇





「はー、やっと帰れる.............」

「凪のチョコ、今年も大人気だったね」

「何よりだな」



ニコニコと笑いかけてきた玲於奈に笑い返すと、後ろで何とも言えない顔をずっとしている二人が何やら呻いている声が聞こえる。

ラッピングすごかったな、とどこか諦観したように呟いた陽翔の声が聞こえて、俺はくるりと振り返った。



「きちんと男子と女子でラッピングは変えてるぞ? 女子は玲於奈の意見を参考にしたけど」

「つまり男子でもセンスのいいあのラッピングはお前が考えたんだな.............」



女子も凄かったけどな、と呟いた陽翔が一番最初にあげたチョコを見下ろした後、チラリと隣にいる星那のチョコを一瞥した。




「あげないよ」

「いらねえよ。それどうせビターだろ」

「ミルクだけど?」

「は? おまえ、」

「玲於奈から本条はいつも甘い系のお菓子を持ってるって聴いたからミルクにしたんだが...........違ったか?」

「いや待てお前はお前で一人一人の好みを加味して作ってんのか!?」

「プレゼントっていうのは相手のことを考えて作るんだぞ?」

「一人ならまだしも39人分全員の好み把握して作ろうとするやつなんかおらんわバカ!」



「ホワイトデー返す.........市販で悪いな..........」と呟いた陽翔に「サンキュ」と言葉を返す。

そんなふうにたわいもない事を話していたらいつの間にか駅との分かれ道まで迫っていたことに気づき、俺は陽翔たちに手を振った。



「じゃあな」

「バイバーイ」

「また明日」

「チョコレート美味しかったー!」

「もう食べたのか!?」



最後に言われた星那の言葉に、陽翔が呆れたような声を出している二人の話し声を背後に俺たちはゆっくりと歩き始める。

しかし幼馴染の歩幅に合わせてゆっくり歩いていたつもりが、いつの間にか隣にいなくなっているのがわかって、俺は慌てて振り返った。



「れおっ—————」

「ハッピーバレンタイン、凪!」

「!?」



彼女の名前を呼びながら振り返った俺の口に、何かが押し込まれるのがわかる。

それが何かわからなくてとりあえず咀嚼も舐めることも出来ずに口の中にほったらかしにされた。



「…………?」

「もーっ、さっき言ったじゃん。『ハッピーバレンタイン』って」

「はっぴー………ばれんたいん?」

「世の中は女の子の方がチョコをあげるものなんだよ?」

「そう…………なのか? でも俺は毎年玲於奈に」

「だからたまには奇襲もいいかと思って!」



にこにこ、と笑う幼馴染をぼんやり見ている間に、ほったらかしにされたままだったチョコそれがゆっくりと溶けていく様な感覚がする。

それを感じながらも目を瞬いて玲於奈をじっと見つめていると、彼女は自慢げに胸を張った。



「私も日々進化しているのですよ、凪くん!」

「………そうか」



じゃ、帰ろ帰ろー! と笑った玲於奈の後を小走りで並び、いつもと同じ歩調で歩き出す。


いつもと同じ道。いつもと同じたわいもない会話。

けれどいつもと少し違うのは————口の中にある、チョコ甘いモノの存在。



「.............あま」



でも—————こんな甘ったるい日も、チョコレートも、何だかたまには悪くない気がした。






——————————————————————





季節系の番外編です。ホワイトデーも書きます。

入試がいよいよ一週間ほどに迫ってきましたが、逆に一週間ほどで更新再開ができます。

それまで頑張ります。



今年も異性からチョコがもらえなかった作者に星という名のチョコを恵んでくださると大変嬉しいです。

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