ホワイトデーでの過ごし方〈星那〉
「今日、ホワイトデーだな」
放課後になり、今日の日直である凪達が先生へノートを出しに行っている間、唐突に聞こえた声に私は黒板を消していた手を止める。
同じく隣で黒板を消していた男子生徒—————伊吹陽翔は、手を顎に当てて何かを考える仕草をしていた。
「だからどうしたのよ」
「いや、どうしたって。返さないといけないだろ、チョコレート」
「私はもう返したけど」
「凪に? いつ?」
「だって逆に——————」
「クラス全員に配ってたんだから『ああなる』ことぐらい分かるでしょ」と私が言うと、視線を追った伊吹が微かに眉を上げる。
最初はポツポツと置かれていたそれがいつの間にかタワー状に積まれているのを見て、伊吹は苦笑しながら私を見た。
「で? いつ渡したの?」
「バレンタインの翌日。速達でなーの家に送らせた」
「さすが本条財閥………」
ちなみにブランドは? と聞かれた問いに「GORIBA」と端的に返す。
うわ………と呻いた声を聞こえなかったふりをして、私は淡々と声をかけた。
「早く消して」
「わーってるって」
ゴシゴシとやや乱雑に消していかれる黒板に眉を顰めながら、私は後から丁寧に消していく。
潔癖、と小さく呟かれた言葉に、私は勢いをつけて隣にある足を踏んだ。
「いっ!」
「ごめん、足が滑った」
「滑ってたまるか!」
凪たち遅いな、と呟いた伊吹の横顔をふと見つめる。
そのまま私は視線を横にずらし、伊吹の鞄から少しはみ出ているチョコを指差した。
「それ。なーにあげなくていいの?」
「お前真顔で『なー』とか言うのやめろよ。恐怖だぞ」
「大丈夫、伊吹の前だけよ」
「世界一いらない特別扱い」
同じく真顔でそう返した伊吹を無視して、私は黒板消しをパンパンと窓の外で叩く。
その拍子にチョークの粉が周囲に舞い、私は僅かに咳き込んだ。
「あーあ、何やってんの」
「………うるさい」
けほ、と最後に咳き込んだ後、差し出された伊吹のハンカチを手に取る。
それで目尻に浮かんだ涙を軽く拭いてから、私はふうと息をついた。
「それで、話戻るけど。なーに早く渡さないと、帰っちゃうよ」
「は? あいつにはもう渡してるけど?」
「え?」
予想外に返ってきた言葉に、私は思わず黒板消しを取り落とす。
ガタ、と小さく音を立てたそれをそのままに、私は目を見開いて伊吹を見つめた。
「え? じゃああのチョコレート………」
「……………」
「まさか、本命に?」
「ちっげーよ!」
「いや別にいいけどさ………結構前だし………」とぶつぶつ呟いている伊吹に首を傾げる。
私は傾けた首を元に戻すと、もう一度目の前の相手に声をかけた。
「それで? 結局誰なの?」
「…………し」
「え?」
「お前に! バレンタインデーのお返し!」
「……………は?」
(伊吹が? 私に?)
はて、私は今年彼にチョコレートをあげただろうか、と考えてみる。
しかしそれはいくら考えても答えは『ノー』で、私はさらに首を傾げた。
「は?」
「いやもう一度言わなくていいから」
「だって………どういうこと? 私が? 伊吹にあげたってこと?」
「今年は違うかもしれないけどっ」
「私はあなたにチョコなんて一度も…………」
『ホワイトデーに返すよ』
反論しようと口を開いた先、ふと聞き覚えのある声が脳裏に響いて言葉を止める。
目を開いて固まった私をチラリと一瞥して、そいつは黒板消しを元の場所に戻した。
そしてそのままずんずんと自分の席の先へと歩いていき、やや乱暴にカバンからチョコを取り出す。
「毎年用意してたのに気づくの遅えし。気づいたと思ったら凪のだと思ってるし。…………そもそも、全部忘れてるし」
なぜそんなに哀しそうに笑うのかと手を伸ばして、…………手を止める。
そしてそのまま私へと近づいてきた男子は、私にそれを差し出した。
「…………ビター」
「お前、好きだろ」
「なんで」
「見てたから」
お前、いっつも甘いものばっか持ってるけど。
そう付け足された言葉に息を呑み、私は無意識のうちにバッグの外ポケットへと視線を向けた。
最近中に入ってるものに気づいたれーがお気に召しているアメや小さなチョコなどが入っているそれは——————昔は、酷く不器用な男子のためだったもの。
つい癖で、と言い張るには、もう十分すぎる月日が過ぎた。
最近はれーの為と言えるけれど—————
「昔、あげたね」
そういえば、と小さく呟けば、彼は「やっと思い出したか」と返事を返す。
微かに目を細めた私に肩をすくめ、そいつはぐっ、とさらにそれを押し出した。
「…………ラッピング、なんか変じゃない?」
「うるせー、こっちは凪みたいに出来ないんだよ」
受け取ったチョコをまじまじ見ると、お店のもののはずなのにどこかリボンが歪んでいたりする。
それに対して指摘すると、伊吹はどこか不貞腐れたように目を逸らした。
「自分でやったの?」
「………少しぐらい、おしゃれなやつのほうがいいかと思って」
「お店に頼まなかったの?」
「……………」
「バカだね、伊吹」
「うるせー、そんなこと言うなら返せ!」
「しょうがない、貰ってあげよう」
「願い下げだバカ!」
私がすっと受け取ったものを引くと、そいつは手を振りかぶってくる。
しかしその動きはどこか遅く、本気で奪おうとはしてないことがわかって、私はふっと笑みを浮かべた。
「おっそ」
「うるせえ」
「…………どっちも、遅い」
「……………………うるせー」
私は小さく呟くと、それに対しては反論できないのか、伊吹は口をつぐんだ後小さく答える。
それに声をあげてさらに笑っていると、ガラリと扉が開いて待っていた人たちが現れた。
「ごめん、遅くなった」
「ほんと遅い」
「星那、伊吹くん、ありがとう」
「いーよいーよ」
バタバタとしながらも凪と玲於奈が入ってきたのを見て、私たちも放っておいたカバンを持って教室から出ようと持ち物の確認をする。
教室の鍵が机の上にあるのを発見すると、私はそれを手にとって前を歩いている人たちへとひらひらと手を振った。
「鍵私が閉めるから、先に昇降口に行ってて」
「大丈夫そう?」
「ごめん、助かる」
「早くしろよ」
「うるさい伊吹」
最後の全く可愛くない返事に対し言葉を返し、私は無造作においてあった銀色の鍵を手にする。
チャリ、と小さく音を立てたそれをくるりと回してドアの鍵を閉めると、無機質なロック音だけが廊下に響いた。
「.............おっと」
鍵を持ち直した代わりに手に持っていたチョコの箱がずるりと滑り落ち、私は慌ててキャッチする。
その拍子にリボンが少し緩まったのを見て、私は思わず苦笑した。
「全く、不器用なのに無理しちゃって」
そのままするりと紺色のリボンを解いて箱を開くと、さすがというべきか美しい大粒のチョコが出てくる。
見た目は不恰好なのに、と苦笑いしたまま考えた後、「それじゃあ誰かさんと同じじゃん」という思考についた自分に苦笑いすることすらできず呆れた。
四つ入っていたうちの一つを手に取り、一口大のそれをつまんで口に入れる。
それは前に凪にもらったのものとは違い甘くはなくて、けれども同じように口の中で溶けていった。
(……………にが)
久しぶりに食べたビター味のそれは、口の中に仄かな苦味を残して消えていく。
けれども苦いカカオの中に、確かな甘さが口の中に残っていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
大丈夫、世の中のカップルなら10分過ぎててもまだホワイトデーです。
バレンタインデー編の続きとなります。
本編の方も更新していきますので、何卒これからもよろしくお願いいたします。
受験のことやこれからの更新方針については後日近況ノートに上げさせていただきます。
次回の季節制番外編は多分エイプリルフールらへんの予定です。
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