エイプリルフールの小さな嘘〈玲於奈〉


「おはよー星那、伊吹くん」

「はよ、陽翔、本条」

「「おはよう」」



私————如月玲於奈がいつも通り幼馴染の天羽凪と共に登校すると、友人二人から挨拶が返ってくる。

そんな通常の景色を横目に二人の後ろの席に座ると、ふと星那が真面目な顔でこちらを向いた。



「………れー。私、伝えたいことがあるの」

「ど、どうしたの?」

「私、この学校辞めることになった」

「ええ!? 嘘!?」

「うん、嘘」

「うえええええ」



質が悪いよ! と私が叫ぶと、星那はごめんねといってウインクする。

それに小さく苦笑いした私は、同じく嘘を言われたらしく伊吹くんを蹴っている凪に声をかけた。



「そういえば、今日って4月1日だったね」

「嘘をついてもいい日、ねえ................」



存在価値を感じない、と顔を顰めた凪をなだめつつ、私はかばんから教科書を取り出していく。

しばらくして伊吹くんを蹴ることで鬱憤を晴らしたのか、ようやく凪は授業の準備をし始めた。


それをなんとなく眺めていると、星那がふと凪の方を振り返る。



「なーはなんか嘘つかないの?」

「つくメリットあるのか?」

「ん-、楽しい」

「小学生か」



楽しそうにポンポンと会話していく様子に、私は思わず笑いがこぼれる。

同じように笑っている伊吹くんと喋り、最終的に合流する形で4人で雑談をしているといつも通り間抜けなチャイムが鳴った。



「あ、やべえ準備してねえ」

「準備してから喋れよお前は................」



やや呆れた様子でなんだかんだで伊吹くんの準備を手伝っている凪を見ながら星那と話していると、がらりと扉が開いて担任の世界史担当――――面戸先生が入ってくる。

いつも通り無精ひげを生やしてやる気がなさそうにしているその人は、やっぱりやる気がなさそうに口を開いた。



「俺、結婚することになった」

「「「えええええええええええええええ」」」

「嘘だよ。そんなに驚かれると俺の繊細なハートが傷つくぞ」

「先生知ってる? エイプリルフールの嘘は一回までだよ」





◇◇◇◇◇






「うちの学校の先生全員授業中に嘘つくって何なんだろう................」

「しかもタイミングが最初にしてくれれば楽なのに絶妙なタイミングで入れてくるのに悪意を感じる」



私がぽつりと呟くと、凪が疲れ切った目でそう返してくる。

『後ろの窓側の方の席は居眠りする生徒が多いから』というなかなか理不尽な理由でよく授業中当てられる私たちは、その分嘘をつかれるとき絡まれることも多かった。


そんなこんなで結構疲れている私たちは星那たちと別れ、夕焼けが続く道を歩いていく。

いつも歩幅を合わせてくれる凪はやっぱり私に合わせてゆっくりで、私は頬が緩むのがわかった。



「ねえ、凪」

「んー?」

「ずっと伝えたいことがあったって言ったら、どうする?」



私は合わせてくれている歩幅を外れてわざと小走りで前を行き、くるりと凪を振り返る。

かばんを持った凪は少し驚いたように目を見開いていたけれど、ふいにふっと目を細めた。



「聞くよ。どんなことでも」



その声に一気に熱が頬に集まるけれど、それに気づかないふりをして「本当に? 途中で聞くのをやめたりしない?」と、普通を装って話しかける。

いつだって優しい凪に――――その優しさは長年の付き合いからくる『情』ではないかと、私はその優しさに付け込んでいるのではないかと心配しているのに、彼はそんなことを知らずに無邪気にほほ笑んだ。



「どんなことでも、最後まで聞くよ。玲於奈の言葉なら」

「~~~~~っ!」



(ああもうこの人は!)



本当に人たらしで、優しくて、純粋で、お人好しで。

どんなことでも相談すれば『何の問題もない』というように、安心させてくれるように笑ってくれる彼が。



「――――私、凪のことが好きだよ」

「……………え」



凪の目をまっすぐに見つめながら伝えると、彼はこれでもかというほど目を見開く。

次の瞬間じわじわと赤くなっていく頬を私が呆けたように見つめていると、彼はばっと手を前に出した。



「………………え?」



今、何が起こっている?

何で彼は今、頬を赤らめている?


私の言葉に照れた————なんて、考えすぎだろうか。



「え、いや、ちょっ..............」

「あ、いや、うん..............」



(あれ? あれ??)



私の予想だと、いつもみたいに凪が笑って、「変な冗談言うなよ」なんて言って、それで私が笑って軽口をたたき合って、それで、それで――――――


もしかして、もしかしてだけど。



(私にもチャンス、ある?)



ずっと、幼馴染としてしか見られていないと思っていた。

ただの幼馴染で、親友で、友達で。


ずっと、それ以上には行けないと思っていた。


だけど、少し期待をしてしまっていいだろうか。少し、欲張ってしまってもいいだろうか。


今このままありのまま想いを伝えたらどうなるかな、なんて考えたけど、私には今それができる勇気がない。


けれど、いつか覚悟を決めることができたなら。

否定をされる覚悟も何もかもできたら、きっと伝えるから。



だから今は、誤魔化させてね?



「―――――あはは、凪くーん。今日は何の日?」

「エイプリル、フール…………」



私がにこにこと笑顔を浮かべると、「嘘か………」と脱力したようにため息を吐いた凪を見る。

ふふふ、と笑いながら――――一抹の期待と不安を胸に抱えながらそれを眺めていると、不意に肩に蝶が止まる。


肩にとまった蝶を私は少しびっくりしながら見つめ、指へと移した。



「なーぎ。帰ろー」

「ああ、うん..............」



ああああああちょっと本気にした自分が恥ずかしい………と蹲っている凪を見ながら、私は指についた蝶々を空へと放す。

どこか赤くなった顔のまま家路につく凪の後姿を眺めながら、私は微かな笑みを浮かべた。



「…………今日がエイプリルフールとは言ったけど、告白それが嘘なんて、言ってないんだけどなあ」



あとどれぐらい可愛くなったら好きになってもらえる? なんて質問は、本人に聞こえるはずもなく空気に溶けていく。



私の指を離れた蝶は、ひらひらと凪の頭上を回っていた。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






玲於奈視点久しぶりに書いてみたかったので書いてみました。結構楽しかったです。

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